「あ、ひとまず自己紹介ね! あたしは三森朝恵」
のへ〜っとした雰囲気とは違ってなんか…勢いのある女の子だ。
前髪が鬱陶しいのかヘアーバンドでとめている。
しばるのにはちょっと足りない、というくらいの長さの髪で、もう一人の女の子よりちょっとだけ背が低かった。
(益美ちゃんと同じくらいかな…)
勝手にそんなことを予想していたあたしだけど、ひとまず「よろしく」と返事をする。
「ところで、モデルって…?」
「あ、あたし漫研なんだけどね」
「…マンケン?」
ってなんだ…?
あたしは首を傾げた。
しばらくして眞清が「漫画研究会のことですよ」と小さく言った。
(漫画の研究って…)
何するんだろう、なんて思ったあたしだったけど、アサエちゃんはひとまず続ける。
「自称なんだけどね。実際は一応美術部」
「あ、美術部…」
美術と漫画の研究と何の関係があるんだろう…。
「それでね、大森さんをモデルにしたいな〜なんて」
「…え?」
マンケンで、美術部で、モデル?
「…というと…? なんか、ポーズ決めてじっとしてろってことか?」
あたしの言葉にアサエちゃんは何度か瞬きして「あ、ちょっと違う」と首を横に振った。
「観察…じゃないけど、させてもらえたらいいなぁって」
「観察?」
うん、と今度は首を縦に振った。
「大森さんみたいにかっこいい人だと創作意欲が増すんだよ〜っ」
ぐっと両手に拳を握ったアサエちゃん。
…やっぱりなんか、勢いというかなんというか…がある子だ。
「と、いうわけで。本当はひっそりこっそり覗き見しつつ観察させてもらってもよかったんだけど、それじゃストーカーかな? ということで堂々とモデル許可を求めてみた」
「あぁ、そうか…」
アサエちゃんはちょっと益美ちゃんに似てるかも…。
よく口が回る。
「二人ワンセットな感じがいいねっ! えぇと、蘇我君? もモデルにしてもいいかな?」
視線をあたしから背後の眞清へ向ける。
「…なんのモデルですか…?」
「人のこと言えないが、人の話聞けよ」
ちょっと振り向きつつ言えば「すいません」とにっこり微笑む。
――あんまり「すいません」って思ってなさそうだな…。
「創作意欲が増すから、観察させてくれってさ」
「はぁ…創作意欲、ですか…」
眞清があたしを見た。「なんだ?」と問いかけると「いいえ」と少し首を横に振る。
そしてうかぶ、いつもの笑み。
「――僕は構いませんよ? …克己は?」
…いつもの笑顔と、その間と。
気になるところはあったがあたしも別に構わない。
「あたしも別に構わないよ」
「ありがとーっ」
アサエちゃんがにぱっと笑った。
なんでかはわからないけど猫みたいだな、なんて思った。
「あ、そうそう。関係ないけど、テストも終わったことだし美術部でお茶会やるんだ!」
「へぇ? お茶会…」
呟いたあたしにアサエちゃんは続ける。
「よかったら一緒にどう?」
まぁ、お茶会と言ってもお菓子つまみつつおしゃべりするくらいなんだけど…と続いた。あたしはちょっとだけ考える。
(遊びに行くといっても目的地はないんだよなぁ…)
テストが終わって半日空いてて…だから(眞清を巻き込んで)寄り道してこうと思ったけど、あたしも眞清も特に行きたい店や目的地はない。
(だったら、いっか)
眞清に「お前は?」と問いかける。
「克己は参加するんでしょう?」
逆に問いかけられて頷く。
「…じゃあ、僕も一緒に行きますよ」
「二人共参加してくれるのっ?!」
ややはしゃいでいるアサエちゃん。――興奮している、か? どっちだろう…。
ひとまずあたしは頷く。
「わーい。じゃ、えぇと…うん、ちょっと間が空いちゃうけど1時頃には始められると思うから、その頃までに美術室に来てねっ」
今から直行してもらってもいいよ、と付け足してアサエちゃんは「じゃ、またあとでね!!」ともう一人の女の子をひっぱるようにして立ち去った。
「1時か…。あと30分だな」
昼飯どうしよう、と思わずもらした。
お菓子つまみつつ喋る、とか言ってたけどお菓子だけじゃちょっとな…。
「昼飯どうする?」
「コンビニで適当に買えばどうですか?」
一番近くのコンビニで大体歩いて10分。往復で20分…。
「…食ってから行ったら間に合わないな」
「直行してもいいとか言ってましたし、買うだけ買って美術室に行けばどうですか」
「あ、そっか」
じゃ、行くか、とあたしは歩き出す。
廊下はある意味タイミングがよかったらしく、ゴタゴタしてる感じだ。
「あ、涼さん!!」
階段を下りきれば昇降口…という辺りで見知った顔を発見。
キリッとした横顔。『委員長』って雰囲気のメガネが似合いそうな人。(実際にはかけてない)豊里高校の学生会副会長――の片割れ――だ。
あたしの声に気付いたらしい涼さん…検見川涼さんが振り返った。「こんにちは」と少しだけ笑う。
先月…4月の頭に色々とお世話になった。
あたしが代議員になったってこともあるが…ある意味現在進行形でお世話になっている。
テスト期間だったということで、会うのは久しぶりだった。
「テスト終わったなっ」
階段を下りきって言うと、涼さんが頷く。
「来月にもあるけどね」
「…そうだな…」
涼さんの現実的な一言に思わず乾いた笑いがもれた。話題を変える。
「誰か探してんの?」
「――え? えぇ」
視線をキョロキョロと彷徨わしていたからそう思ったんだけど、あたったらしい。
「会長?」って訊くと涼さんは「いいえ」と首を横に振った。
会長は気の弱そうな…見た目だけだ。実際はそんなことはない…人。内川冬哉さん。妹の内川春那ちゃんが同じクラスだったりする。
この人にも現在進行形でお世話になってるな。
しかし会長じゃないっつーと…
「副会長?」
適当にそう問いかけると「見た?!」とやや鋭く言われた。
「いや、見てないけど…」
その勢いにちょっと驚く。
冷静、とか静か、とかいう言葉が似合いそうな涼さんをある意味変えるのが寝起き(低血圧気味らしい)と――涼さんの片割れで、もう一人の――学生会副会長、野里さんだ。
「もし会ったら『あたしが探してた』って言ってくれる?」
「わかった」
じゃあ、と副会長を探しに向かうらしい涼さんの後姿を見送りながら
(…何したんだ、副会長…)
やや鋭いモノの滲んだ口調に、あたしはそんなことを思った。
そして、雑談しつつコンビニに向かう。
コンビニ到着して、買うものを選んで…。
時間帯のせいなのかはわからないが、レジが混んでいた。
もう買われてしまったのか、パンとかの棚はなんとなくガランとした感じ。
あんまり好みのモノがなかったけど、妥協してあたしはカレーパンを買うことにした。それから、ウーロン茶とゼリー。
暑いせいかなんとなく冷たいモノを食べたい気分になった。
「…眞清」
眞清の手元を見て、思わず「それだけか?」とツッコミを入れた。
眞清は別段大食いというわけじゃないけど…今、手にしているのはプレーンヨーグルトとアイスコーヒー。
「メシ?」
パンとか主食っぽいものがない。
「あぁ…どうせお菓子も食べれるそうですし」
眞清の答えに菓子で腹を満たす気かよ、とか思ったが、あたしは別のことを思いついた。
「そういえばお菓子、ちょっとは買ってったほうがいいかな」
お菓子の並んだ棚を見る。
食べ物とはいえ、こっちの棚はガランとはしてない。
「…さぁ? でも、気になるようでしたら一つくらいもっていけばどうですか?」
「んー…だな。どれ食いたい?」
眞清を引っ張った。棚を覗き見しながら問いかける。
「甘くないモノがいいですね」
「甘くない菓子ねぇ…」
ぱっと目に付くのはチョコ。
これは甘いだろう、ということで却下。
クッキー、アメ、ポテチ…。
「――センベイ」
これは甘くないだろう、と眞清の目の前に差し出した。ちなみに『さっぱり塩サラダ』らしい。
「…他意があるような気がするんですが」
「へ? タイ?」
鯛?
「…なんでもありません」
どことなく苦笑交じりで応じた眞清にあたしは思わず首を傾げた。
「行くなら行きましょう。45分ですよ」
飲み物の並んだ冷蔵庫の上にあった時計を見上げた眞清。
約束は1時。
…この昼飯、買ったはいいが食えるかな…。
「じゃ、行くか」
ピークは過ぎたのか、さっきまで混んでいたレジは空いていた。
あたしは右側のおねえさんのほうのレジに行って、眞清はあたしの後ろに並ぶ。
「433円になります」
スマイル0円状態のおねえさんの言葉に財布を覗き込んだが、こういう時に限って一円玉がないんだよなぁ…。しかも足りないのはあと一円。
今回は十円玉もない。
450円払ってお釣をもらい、眞清の会計が済むとあたし達はコンビニをあとにした。