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④おやすみ
<かかる、重み>

「え? 熱?」
「ってか、そういうオチ?」
 沈黙が破れる。
「大丈夫?」と眞清を案じるケイさんの声。
(…しかし『そういうオチ』ってどういう意味なんだ、ノリコさん…)

「なぁんか様子がおかしいと思ったんだよな…。大丈夫か?」
 やたらと近いしボーっとしてるし…。
 あたしの問いかけがきちんと脳ミソにとどくまで少し時間が必要だったらしい。
 しばらく間をおいて答えが返る。
「え…と…視界が黄色っぽいです…」
「……」
 一度、息を吐き出した。
 眞清の発言にあたしは「帰るぞ」と立ち上がる。
 ――しかし視界が黄色っぽいってどういう熱だよ…。

「途中だけど…悪い、帰るな」
「あ、うん…大丈夫?」
 眞清に「歩けるか?」と訊けば「歩けます」と答えた。
「多分、な。大丈夫だ」
 熱でいくらかフラフラするらしい眞清の足取り。
 そういえばさっき、立ち上がるのにもあたしを支えにしてたな…。
 あたしは眞清の腕を引いた。
「肩貸すか?」
「いえ…まだ、大丈夫です…」
 まだ、ね。――そのうちダメになりそうってことなのか…?
 こっそりそんなことを思ったが、ひとまず眞清にあわせてゆっくりと歩く。
 ドアに手をかける前に、振り返った。
「じゃあ…今日はありがとな」
「ううん。よかったら入部してね」
「アハハ」
 ノリコさん、最後まで勧誘。――流石(?)部長だ。
「観察させてね〜」
「おう」
 アサエさんの言葉に頷いたけど…モデルって言ってなかったか? まぁ、いいか。
「じゃ、お先に」
「ばいば〜い」
 ――パタン。
 美術室の引き戸を閉める。

「いきなりラブラブし始めたのかと思った〜っ」
「スゴイ、絵になってたよねっ!!」
「一瞬キスするかと思ってドキドキしたっ」

 …おいおい、聞こえてるぞ…。
 声の感じからして、3年生の3人だ。

 あたしが眞清の額に触れたときの沈黙を思い出し、それぞれそんなことを思っていたのか、となんとも微妙な気持ちになったあたしだった…。

「あ、涼さん」
 昇降口に向かう途中、カバンを持った涼さんに会った。
「副会長…」
 から伝言、と言おうと思ったら一瞬鋭い視線がむけられた…。
 ちょ、ちょっとこわい…。
「――は、見つかった?」
 思わず違うことを口にする。
 涼さんは2、3度頬を軽くたたいていつもの冷静な表情になった。
「――ええ」
「――あ〜…そうか…」
 いつもより低い気がする声に…それ以上何も言わないでくれる? という声が聞こえる気がする…。

「今、帰るところ?」
 話題を変えてみた。
 涼さんは少し間をおいて「そうね」と頷いた。
「あたし達も、なんだ。眞清が熱っぽいらしくて」
「…熱? ――大丈夫?」
 あたしの隣…というか後ろというか…にいる眞清を少し覗き込んで、涼さんが言った。
 さっきまでのちょっと殺気立った? 雰囲気が鳴りをひそめる。いつもの涼さんだ。
「多分」
 眞清は答えないと思ってあたしが代わりに答える。
「そう…テストが終わって明日も休みだし、よかったといえばよかったわね」
 あ、確かにそうかも。今日がテストだったから早めに帰れるんだし。
「眞清、タイミングいいな」
「…風邪にいいタイミングも何もないですよ…」
 いつもよりぼそぼそした口調で眞清は言った。
 熱のせいかな?
「眞清、行くぞ。じゃな、涼さん」
「じゃあ…気をつけてね」
 涼さんに手を振りながら眞清にもう一度「肩貸すか?」と聞いたけど、首を横に振った。

 眞清は結局、駅に着くまでちゃんと歩いた。(かなりフラフラしてたけど)
 残念ながらいいタイミングに電車は来てない。
 電車を待つ間、眞清はぐったりしながら椅子に座る。

(食欲がなかったのも、反応がなんとなく鈍かったのも熱のせいだったんだな)
「…飲むか?」
 自販機のジュースを指さしつつ、問いかけた。
「――オゴリですか?」
そういう観点ソコかよ」
 あたしは思わず笑う。眞清は「冷たいお茶系があったら飲みたいです」と俯いた。
 …言ってるうちにクラクラしたか?
「えぇと…麦茶とウーロン茶とほうじ茶。あと、緑茶か?」
 パッケージを見比べつつ言うと、カンカンカン、という音と共に遮断機が下りてきた。
 あたし達の乗る下りじゃなく、上りだ。
「…麦茶で」
「ん」
 眞清希望の麦茶を買って、開ける。
「一口くれ」
「…どうぞ」
 ちゃんと冷えていた。麦茶を眞清に手渡す。
 手渡した麦茶を眞清はチビチビと飲む。
 10分くらい待っていると、再び警報機が鳴った。
 今度は下りだ。
 眞清が飲み干した麦茶の空き缶をゴミ箱に投げこんで、電車に乗った。

 金曜日とはいえ一応平日で、3時チョイ前という微妙な時間だったせいか、席が空いている。
 眞清を座らせて、少し考えてからあたしも隣に腰を下ろした。
「…克己が座るなんて珍しいですね」
「たまには、な」
 しきりに瞬きする眞清。
 …電車に乗っているのは、大体20分。

「ちゃんと起こしてやるから、寝れば?」
 眞清が、あたしのほうを見た。
 あたしは軽く自分の右肩を叩く。
「うつかったほうが楽なら、うつかれよ」
 いつもあたしが眞清に『背中』になってもらってるから、たまには。
 あたしが、眞清にできることがあるならやろうと思う。

 肩に、重みがかかった。
「…お言葉に甘えます」
 眞清は小さく、そう言った。

豊里高校学生会支部2<美術室のお茶会><完>

2005年 7月26日(火)【初版完成】
2011年11月 6日(日)【訂正/改定完成】

 
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