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②始まり
<二学期>

 中学最後の二学期が始まった。
 こうして着実に卒業へと向かっていくのだろう。
 まだまだ残暑が厳しい、九月。二学期が始まってから一週間――克己と再会して、一ヶ月。…正確にいうなら、一ヶ月と少しといったところか。
 克己と並んで帰宅しながら、眞清は大きく息を吐き出した。家が隣同士で、帰る時間が重なればどうしても一緒に帰ることになる。…克己のほうから話しかけてくるから。
 眞清の大きなため息に克己は「暗いな」と呟く。
 もう一度深く息を吐き出して、眞清は言った。
「………いい加減にしてくれませんかね」
 そう言った眞清の声は、自覚するほどに低かった。だが、言われた相手はそんな声の低さをまるで気にしていない。
「何をだ?」
 心底不思議そうに首を傾げる克己。その反応にまた、ため息が出そうになる。
「――振り回すのを、ですよ」
 どうにかため息をつかずに呟く言葉に「ああ」と返してきた克己に眞清の笑みが消えそうになった。それは、別に無理に笑おうとか思っているわけでないのだが、無意識のうちに…常に唇に浮かんでしまう笑みもの
 克己は振り返り、眞清の表情を見て一度目を丸くすると、笑った。
「表情なくなってるぞ」
「誰のせいだと思ってるんです」
 ククッ、と妙に愉快そうな克己の笑いと呟きに自分の声が更に低くなったような気がした。

 ――夏休みに入る頃再会した克己に、眞清は夏休み中の八割程度は振り回されっぱなしだった。
 二学期が始まり、なんとなく「クラスは別だろう」なんていう予想をしていたのだが…正確に言うなら「期待していた」なのかもしれないが…その予想は裏切られ、同じクラスで。
「え」と思ったが、克己は帰国子女ということがあるせいか、特別教室に行くようになり、「これで解放された」…とか思っていたら、眞清のもとへ克己はちょくちょくちょっかいを出してきて。
 言ってしまえば…夏休みからずっと、眞清は克己に振り回され続けている状態なのである。
 ちょっと、耐え切れなくなっていた。
 母に「仲良くしてね」と。「一緒にいてあげてね」と言われてはいたのだが…元々単独行動が好みで、友人がいないわけではないがはっきり言って多いとは言い難い眞清。
 ずっと他人と行動を共にするのは慣れてないせいか、そろそろ限界だった。

「…眞清…」
 しばらく笑っていた克己だったが、笑いの波が治まったらしく大きく息を吐き出すと切り出した。――対する眞清の表情は相変わらず能面のように、感情がない。
「見た目『イイトコの坊ちゃん』なのに、そんなこと言うんだな」
「見た目は関係ないでしょう」と思わずぼやくと「それもそうだな」と克己は再び笑う。
 何がそんなにおかしいんだ、という眞清の思いをよそに克己が再び眞清を見た。
 …黒い瞳。
 真っ直ぐに自分を見る目は――昔から変わらぬ克己のもので。
「気に入った」
「………はぁ?」
 しばらく克己が何を言ったのかわからなくて、理解した途端眞清は素っ頓狂な声をあげてしまっていた。

「眞清、面白い」
「…はい?」
 どこをどうすれば面白いなんてなるのか。眞清は不愉快だ。というか、「振り回すのをやめろ」とか言う人間を気に入る克己がわからない。
 眞清の思考をまったく無視して、克己の言葉が続く。
「だから、逃がさねーよ?」
「………」
 何か言い返したい、と思考を巡らせる眞清の目前に突如パスケースに入った写真が差し出された。
 差し出してきたのは、少年と少女のツーショット写真だった。
 少し古い写真なのか、いくらか色あせている。…というか、紙質や画質の感じも古く見える。
(…ん…?)
 写っているのは、真っ直ぐにカメラに向けて笑う少年と、その少年に半分隠れるようにしている少女。
(――これ…は…)
 …いや、まるで少年のように見える少女と、少女のように見える…。
「僕じゃないですか!!!」
 声をあげたと同時にパスケースに腕を伸ばした眞清の手をすっと避けて、克己は繰り返した。
「逃がさねーよ?」
 克己の言葉を自分の中で繰り返し、眞清は瞬いた。
 …これは。――もしかしなくても。
「…脅してます?」
「それは受け取りかた次第じゃないか?」
(受け取りかた次第って…)
 あのまるで少女のような、自分。――はっきり言って、広めたい姿ではない。
 どう受け取っても『脅し』としか思えない。
 ニヤリと笑っている存在を眞清はじっと睨んだ。眞清の睨みに克己は「逃がさねーよ」と繰り返した。

※ ※ ※

(思えば、克己はヤなヤツでしたね…)
 眞清は目を開いてそんなことを思った。
 思いのほか時間が経っていたようで、部屋全体が薄暗い。

 なんだかんだ言いつつ、克己と行動を共にすることを強制されたようなもの。
 ある意味嫌々一緒にいたようなものだ。
 ――なのに、今では。
 克己の傍ら…背に立つポジションは自分のもの、と思う。

(――誰ですかね…?)
 巡る思いは、最初に戻る。

 あまり多くはないらしい、克己の背後に立つことを許された存在。
『大事なヒト。だ』
 ――イクの言葉を否定しなかった克己。

 あの『イク』と克己に呼ばれた男は。
 ――あの、親しげな存在は。
 一体、誰だ。

 
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