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③興味
<克己>

 休日の朝――。
 とはいっても、眞清は朝の時間をごろごろと寝て過ごすわけではない。
 だが。
「ちょっと面かせや」
 …なんで朝っぱらから来客があるのか。
「…はい?」
 ついでに…なんで急にそんなことを言われなくてはならないのか。

 母に「客だ」と言われ。
 誰だろうと思いながら玄関に出てみれば…引き戸を開けた状態で一人の男が立っていて。
「なんだ?」と瞬きをしているうちに――相手が誰かはわかったのだが――「面かせや」の台詞。

「どうせ暇だろ? 付き合え」
「……はい?」

 朝っぱらからなんなのか。
 ついでに突然、何事なのか。
 昨日初めて会った(正確には『見た』に近いかもしれない)男に、なぜ『面をかせ』なんて言われなくてはならないのだろう。

 男の言葉に眞清は聞き返す程度しかできない。
 男――イクは眞清の反応に腕を組む。
 …身長と、その態度と。かなり尊大に思える。

 年上だから偉そうにしているのか。
 だとしたら眞清は年齢だけで人を尊敬しないし、こんな態度の人間に尊敬の思いなど抱けない。

「…なんですか?」
「拒否権なし」
 バッサリ言い切る男に…その様に、眞清はどこかでプツリと何かが切れたような音を聞いた気がした。
「な」
 眞清が言い返そうとする前にイクは右手を眞清の目前にかざす。身長からもしかしたら当然なのかもしれないが、大きな手だ。
「克己のことだ」
「……」
 同時に告げられた言葉に、眞清は息を呑んだ。

(――克己…?)
 そこで告げられた、名前に。

「面をかせ」
「……」
 眞清は無言で相手を見上げ、ひとつ息を吐き出した。
「少し出かけます」と家の中に向かって言うと、靴を履く。

 まだ9時。
 本格的な夏になる前であることもあって、日陰は涼しい。
 イクに続くような現状に、眞清は一つ息を吐く。
「…今時『面をかせ』はないですよね」
 ついでにぼそりと呟いた。
「あ?」
「いいえ?」
 聞き返してきたイクに眞清は意識して笑みを浮かべると、首を横に振った。
(しかしこの強引な所…)
 克己に似ている、と思った。
 …まぁ、ついていく自分も自分なのだが。
『面をかす』ネタが克己に関わることだというのなら、気になってしまう。

「適当に入れる店もねぇな」
「仮にあっても時間が時間なだけに開いていませんね」
「……」
 9時を回った頃だった。
 眞清もそうだが…イクとやらも休みであっても遅くまで寝ていないタイプらしい。
(それに、友人でもないヤツと二人で店に入りたくないですし)
 昨日知ったばかりの相手と二人きりで喫茶店なりレストランなりに入る。
 …想像しただけで嫌だ。
 無表情のままそんなことを思っていた眞清に、イクの声が届いた。
「…こんなトコに公園なんてあったか?」
 イクの呟きを自分の中で繰り返し、眞清は応じる。
「え? …ありましたよ?」
「あったか?」と、独り言らしい呟きを繰り返してイクは首を傾げていた。
 ここに公園があるのがそんなにおかしいだろうか。
 首を傾げながらフラフラと公園に入って行くイクに眞清も続いた。

 ペンキ塗りたて、みたいなつやつやした色のブランコ。
 支えの部分だけ錆び付いているのが見て取れるシーソー。
 くるりと一回転半しているものと、真っ直ぐにのびたものと2つある滑り台。
 カラフルなブロックで囲われた小さな砂場と、眞清より頭ひとつ分ほど高いジャングルジム。
 それから、東屋がある。
 子供が遊ぶのにちょうどいい、大人が見渡すのに広すぎない公園だ。
 ちなみに眞清がここで遊んだという記憶はない。
 元々外で活発で遊ぶタイプでもなかったし、公園が出来たのが眞清が中学校に入学した頃で、その頃にはもう公園で遊ぶということもなかった。

「ちょうどいいな」と、東屋を見ていたイク。
「何にちょうどいいのか」と思った眞清を気にせず、イクは普通に東屋に向かって歩いていた。

 おおよそ三角錐の形をした木製の東屋は、三方がベンチになっていて、大人が7、8人なら優に座れそうな中々広いものだ。
 壁は殆どなく、屋根と柱があるだけで風通しがいい。
 マナーの悪い利用者がいないのか、毎日ボランティアで整備している人がいるのか、いたずら書きやゴミもなく、きれいな東屋である。

 どっかりと腰を下ろしたイクを横目で見ていると「座れよ」と指示された。
 相手は座っているのにあくまで見下ろされているような錯覚に陥るのはこれ如何に。
「…はい」
 答えたもののどこに座ろうか眞清は少しばかり悩んだ。
 イクは東屋に入る為の開いた側の向かい側に腰を下ろした。
 隣は話し辛い。
 というか正直、肩を並べて座りたいと思わない。
 眞清は結局入って右側…イクから見れば左側のベンチに腰を下ろした。

 背中を東屋にあずけていたイクだったが、眞清がきちんと座ると身を起こしてじっと眞清を見つめた。
 今日もいくらか色の付いたサングラスをしている。
 首もとで黒い紐のチョーカーが揺れた。

「背中のことは、克己が自分で言ったのか」

「……」

 イクが前振りなく言った『背中』は、『克己の背中』のことだろう。
 眞清は我知らず目を細めていた。

 …この男は、どこまでを知っているのだろう?

 
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