「…発見!」
声に、それぞれが反応した。発信源に顔を向ける。
――そこには。
「「克己」」
イクと眞清の声がハモり、互いが互いを見つめた。
――二人とも眉間にシワを寄せる。
そんな様子の二人に気付いているのかいないのか、克己はスタスタと歩いて東屋の入り口に立った。
「朝っぱらからオデカケかよ」
「そんなトコロだ」
イクが答えると克己は肩を揺らした。笑う克己と、イクと…二人の親しげな様子に眞清は意識しないまま目を細める。
「眞清、イクに引っ張り出されたか?」
「ええ」
即答の眞清に克己が再び笑い、イクは横目で睨みつける。
(実際、引っ張り出されたというものでしょう)
心の中だけで眞清は呟き、視界の隅の睨みつけてくる目に気付かないフリをした。
「そいえば二人は今日、なんか用事あるか?」
「別に? …ああ、夜ならあるが」
「特にありませんよ」
イクと眞清の答えに「そっか」と克己は満足気に笑う。
「じゃ、遊びに行こう!」
「「この面子で?」」
再びイクと眞清と声が重なった。
「…なんだよ、ダメなのか?」
イクと眞清の声音…そして表情に克己は目を丸くした。
「ダメかもしれない」
「同じく」
「『かも』って…また曖昧だな」
微妙に息が合ってるっぽいけどダメなのか? と口の中だけで克己が呟く。それを、眞清は聞き逃さなかった。
「気のせいだぞ、克己」
聞こえていたらしいイクが素早く否定する。
「そうです」
同じく聞こえていた眞清も頷くと克己は視線を向けてきた。続けてイクも見つめて、克己は一つ息を吐き出した。
「じゃ、眞清付き合ってくれるか?」
「な?! 久々に会う俺よりコイツを選ぶのか?!」
「遊びに行くなら、身内より友達選ばないか?」
「えぇっ?」
「ってか、夜に用事あるんだろ? 体力残しといたほうがいーんじゃねぇの?」
ぽんぽんっと会話が続いていく。「俺はそんなに年寄りじゃない!」とわめくイクに「これも一応気ぃ使ってるんだぞ?」と克己は応じる。
克己とイクの会話に眞清は瞬いた。
続く会話よりも…『身内』という、克己の発言に。
「…身内?」
ポソッと言えばイクは「しまった!」と口元を引きつらせた。
そんなイクの様子に気付かず、克己は「身内だ」と腕を組む。
腕を組んで、首を傾げた。
「…って、眞清知らなかったっけ?」
あれ? と克己は逆方向にも首を傾げる。
「知りません」
眞清のきっぱりした物言いに克己はイクに振り返った。
「…言ってなかったのか?」
「言わなかった」
イクもきっぱりと言い切る。苦虫を噛み潰したかのような表情だ。
「なんだよ…別に隠すようなことでもないだろ?」
わからん、と言いながら克己は眞清に視線を向ける。
「眞清、昨日も言ったけど、コイツはイク――育己。あたしの兄貴だ」
「………兄貴?」
眞清はたっぷりの間を置いて聞き返す。
「ん、兄貴」
その間を特に気にする様子もなく、克己は頷いた。
「……」
眞清はじっとイクを――育己を見る。
「――いましたっけ? 兄弟」
視線を克己へと移し、問いかけた。問いかけに克己はあっさりと「いるんだよ、実際」と笑う。
「そう言えば、全然イクとは遊ばなかったっけ?」
育己は「ちっ」と小さく舌打ちした。
眞清は気付き、克己は気付かない。
「じゃあ記憶なくてもしょうがないかー…」
そういえば、遊ぶ時は大抵お前の家で遊んでたんだっけ…と克己は頭をかいた。
「…身内」
「『大事な人』だ」
眞清の呟きに育己はひとつ息を吐き出した。
バレたか、ちっ! というような荒い吐息である。
「…克己」
大きく息を吐いた後、育己は再び口を開いた。
育己の呼びかけに克己は視線を向ける。
「コイツと男同士で話がある」
「なんだよ、内緒話か?」
「そんなようなもんだ」
笑う克己に少々おどけて応じる育己。
「じゃ、あたしは退散しとくわ。すぐ済むんだろ?」
「ああ」
「わかった」
克己は踵を返す。
返して、振り返る。「眞清、後でな」という言葉と共に。
公園を出て行ったのを見送ると育己は大きく、深く息を吐き出した。
「……」
無言で育己を見つめる眞清――その視線にたじろぐことなく、育己は見つめ返した。
「なんだ?」
「なんの意図があったんですか?」
無言で見詰め合う。
ピリピリと空気に緊張感が増していく。
「――アイツ、悪い言い方すると人を見る目がないんだよ」
沈黙を破った育己だったが…答えからすれば想定外とも思える発言に眞清は「はい?」と聞き返した。聞こえてはいたのだが。
やや間の抜けた声を上げた眞清を、育己は強く見た。
「背中のこと知ってるなら…知ってんだろ?」
克己の背中を傷つけた存在がいること。『大事な奴』に、刺されたこと。
だから未だに…背中側に立たれるのが怖いこと。
「…電話で話すたびに『マスミ、マスミ』…って言いやがるから」
その言葉に眞清は瞬いた。
育己はさらに続ける。
「――だから俺が、見定めようと思った」
克己の傍にいる相手が、克己を傷つける存在ではないか。
――二の舞を踏むような存在ではないか。
淡々と紡がれた育己の呟きを黙って聞いていた眞清だったが「…それって…」と声を溢した。
育己は「あ?」と態度悪く応じる。
「…結局のところ『シスコン』ってことですか?」
眞清の切り返しに育己が瞬いた。
「は? しすこん?」
聞き返される。意味が通じないらしかった。
海外生活が長いらしい育己。日本語が流暢でも、普段使わない言葉は伝わらないらしい。
「…克己が大事なんですね」
眞清は少しばかり言い方を変える。
「当たり前だろ」
言い切る育己。シスコンの気がありそうである。
「…それで、どうですか」
「……」
睨みつけてくる育己の態度に眞清はフワリと笑った。
それは争いや面倒を避けるための、境界線。
「――ヤな奴だな」
そういった育己に眞清は「どうも」と言いつつ軽く視線を落とす。
「褒めてねえっ!」
眞清の態度に育己は腕を組んだ「くあーっ」などと意味不明な声を上げる。
そういえば、以前克己ともこんなような会話をしなかったか…などと思考の隅で思った。
「…補欠合格、ぐらいにしといてやる」
ため息混じりで、眉間にシワを寄せながら育己は応じた。
補欠合格ということは…定員オーバーでなければ入れる、というラインか。
「…そうですか」
その答えに眞清は目を細める。
――けれど。
これで育己に「認めない」とか、「不合格」…とか、言われたところで眞清は動じない。
克己の傍を離れる気はない。
――彼女自身に言われない限り。
「完全合格じゃないからな」
「はいはい」
「わかってんのかお前?!」
「聞いてはいます」
そう言いながら眞清は立ち上がった。
「なんだその『聞いてるが頭に残っちゃいない』って態度は!」
「気のせいですよ」
育己の見る目は正しいが、そのことをわざわざ教えるつもりもない。
眞清は適当に応じる。
※ ※ ※
あの日眞清は、克己に言った。
『克己の背中に、僕がなります』
繰り返した言葉に、克己は笑った。
『さんきゅ、眞清』
あの笑顔。
夕闇の中でもわかった…笑顔。
あの日彼女が『別格』になった。
――だから、彼女が言わない限り、離れない。離れる気はない。
彼女の背中。
背中を見守る、場所。
譲らない。
(――あのポジションは、僕のもの)
豊里高校学生会支部 <あの日の海><完>
2007年 4月12日(木)【初版完成】
2013年 2月 9日(土)【訂正/改定完成】