更科と雑談するのは――やっぱり、変な緊張をするらしかった。
内容は、ホント雑談。好きっぽいとか、あれ以来言われるわけじゃない。…なのに、未だにダメだった。
「克己」
「お?」
バイクに突っ込む、なんていう事故を起こしそうになったのは一昨日のこと。
今日は金曜日で、明日は休みだ。
「僕、今日帰りが遅くなりそうなので…先に帰って下さい」
「? なんなら待つけど?」
いつも眞清が待ってくれているように。
眞清はふわりと笑った。「ありがとうございます」と前置きをしつつ。
「時間がかかるかもしれないんですよ。…すぐに終わるかもしれませんが…」
わからないので、と眞清は言った。「ふぅん」とあたしは瞬いた。
ってか、用事なんて珍しいな。…むしろ高校に入ってからじゃ初めてな気がする。
「すいません」と小さく言われた。「背中になると言ったんですが」と。
続いた言葉を、あたしは自分の中で繰り返した。思わず、笑う。
「眞清が謝ることなんてない」
あたしが感謝することがあっても、眞清が謝るようなことなんてない。
少し俯いていた眞清がゆっくりとあたしを見た。
「いつもありがとな」
あたしがそう言うと眞清はふぅっと細く息を吐いて、少しだけ笑った。それは、いつも浮かべている――胡散臭いカンジがするものとは違う笑み。
「いいえ」
答えにあたしはまた笑ってしまっていた。
「じゃ」
「はい」
――高校になって初めて、あたしは一人で帰る。
少しは…眞清に頼りっぱなしにならないようにしなきゃって思ってたから、いい練習になるかもしれない。
※ ※ ※
「あ、大森さん!!」
プラプラと駅に向かっていると、そうやって声がかけられた。
聞き覚えのある、元気な声。
「あ、アサエちゃん」
「はろん。今日は一人?」
美術部の副部長だった。
元気っこで、人懐っこい。前髪をカチューシャで留めて、額を出している。三年生なんだけど、なんとなく「アサエちゃん」と呼びたくなる雰囲気だ。(ってか、呼んでる)
夏休み前に部活のお茶会に誘ってくれて、なんか「モデルになってくれ」みたいなことを言われた。
「あぁ。眞清が、なんか用事があるみたいで」
『一人?』という問いかけにあたしは応じた。「へぇ」とアサエちゃんが辺りを見る。
「大森さん、今日はなんか用事ある?」
「用事…?」
あたしはちょっと考えた。――別にないよな。うん。
「別にない、けど」
「本当?!」
そう言ったアサエちゃんの瞳が輝いた。キラキラしてる、って言える。両手の指を組んで、ちょっとお祈りっぽくなっていた。
「よかったらさ、相手してくれない?」
「? 相手?」
「うつみんが休みなんだよ〜っ。他のコ達来るとは思うんだけど」
…うつみん?
(誰だっけ?)
ちょっと考えて『部長か』とか思った。
メガネをかけてて、割とすらっとした人。
なんだかんだ言いながらもアサエちゃんと仲がよかったような印象がある。
「ぶっちゃけ、雑談の相手してくれたら嬉しいな、って」
「アハ」とあっけらかんと笑う。三年で、一応年上なんだけど…「カワイイな」って、思った。身長ばかりじゃなく。
「いいよ」
「おっ! やった!!」
バンザイ! と両手を上げた。素直な反応だ、と思わず笑ってしまう。
「テストどうだった?」
アサエちゃんの問いかけに「うわ、聞いちゃうか」と言った。「赤点はなかった」と続ける。
「アハハッ! 同じく」
一応受験生だからねぇ、とアサエちゃんがため息をついた。
「大学進学?」
「希望はね」
うつみんもソッチの勉強で忙しくて、とまたため息をついた。
「なんかこう…勉強やんなきゃ、って一応思うんだけどさぁ」
美術室へ向かいつつアサエちゃんは言う。
「――そうなるとどーして他のコトやりたくなるかなぁ、ってカンジ?」
わかる気がして「テスト前の部屋の掃除とか?」と言ってみる。普段部屋の掃除なんてあんましないのに、テスト前になると細かいトコロの掃除をしたりして。机の上とか、棚とか。
「そうそう、そんなカンジ」
アサエちゃんは頷くと「マンガ読んだりとか妄想したりとかラクガキしたりとかプロット考えたりとか…っ」と、続けた。一部わからない言葉もでてきたが「そうか」と頷く。…プロットってなんだ?
なんだかんだと雑談しているうちに美術室に到着すると、まずはアサエちゃんが入室した。「入って」という言葉に甘えて、美術室に足を進める。
「あ、副部長…って、大森さん?!」
二年のヒト…だった気がする。ヤバイ、名前が思いだせない…。
(眞清ならちゃんと覚えてるかな)
そう思ったが…あの時の眞清は高熱ってかで若干具合悪かったことも思いだして、もしかしたら眞清も微妙かもしれない、なんてことを思う。ひとまず「どうも」と頭を下げた。
「きゃーっ、いらっしゃい!」
髪の毛を一つにまとめてある二年のヒトが「グッジョブです、副部長!」と親指を立てて、「でしょ?!」とアサエちゃんが応じた。ちょっとわからないノリだが、楽しそうだからいいか。なんとなく笑ってしまいながら、アサエちゃんに「座って」と進められて、壁寄りの椅子に腰を下ろした。
「つばきちゃん」
「あ…」
一年の美術部員の一人、関戸つばきちゃん。目が合うと、笑った。
…いらない机と椅子置き場であるプレハブの、ヤな野郎の被害者だ。
「髪切ったんだな」
先週見たときは長い髪だった気がしたのに、今は短かった。
結構大胆に切った感じか。背中を半分くらい覆いそうだった髪だけど、今は肩に当たる程度。
「うん」
そう言ってふわりと笑うつばきちゃん。…元気そうでよかった。
見る度に、元気そうなことを確認できると安心する。
その後、もやし野郎にチョッカイ出されてないなら、いい。
「つばきちゃん、髪切るのドコって言ってたっけ?」
二年のヒトの問いかけにつばきちゃんは「家の傍の美容院です」と応じた。小さいときから通っているのだと。
「あたしも髪切ろっかな〜」
ひとつにまとめた髪を自分で引っ張りながら言った二年のヒトと目が合った。
「大森さんは?」
目が合って呼ばれて、「へ?」と間の抜けた声を出してしまう。
「髪、切るならドコ?」
「あー…あたしは…」
この夏休みに、兄であるイクに切ってもらった。
…ってか、すいてもらった。長さは変えないで、軽くしてもらった感じ?
あんまり切ると『男っぷりが上がりそうだからやめておけ』と言われたのと『少し伸ばして長い髪の克己をオレに見せてみろ!』とよくわからない理屈で、ちょっと伸ばすコトになったらしい。(自分で考えててなんだが、他人事だな…)
「兄貴に切ってもらう」
「え、大森さん兄弟いるの?!」
「え? あー、うん」
頷くと何故かアサエちゃんはキラキラした瞳であたしを見た。なんだろう、このキラキラさは…。ついでに二年のヒトに「カッコイイ?!」って言われて、困った。カッコイイの基準は、人それぞれだしなぁ…。
ちょっと困ってると「じゃあ、大森さんに似てる?」と質問が変わった。
「うぅーん…似てるって言うヒトと似てないって言うヒトといる、かなぁ…」
あたしは考えた。誰だったか、目元がそっくりって言ってた気がしたな…。
「うわー。よかったらさ、今度写真見せて!!」
「写真? あぁ、うん。探しとく」
この夏休みにも、写真を撮った。この夏休みじゃなくても、家のドコかにイクの映った写真があるはずだ。
アサエちゃんが「うわーいっ!」と見るからに喜んだ。「うつみんに報告しなきゃ!」とか言ってるが、なんでた。面白いからいいけど。