月曜日。
なぜか眞清に「学生会室に顔出してるんだって?」ということも、金曜日に久々に学生会室に顔を出したこと――そして、更科と会話したことも言えないまま、学校に向かった。
学校に到着して、今日提出の数学のわからなかった部分を眞清に訊く。
このところ、気を張ってて疲れてるからなのかなんなのか、休みになってもあんまり外出する気になれない。
眞清が背中になってくれてた時は、そういう数学でわからない部分とか眞清に訊いて、そのまま遊びに行ってたりとかもしたんだけど。
勉強も教えてくれるし、背中にもなってくれるし…優しいし。
(あたしって、眞清依存?)
そんなことを思って、ちょっとばかり笑ってしまった。
「…笑うほど理解できましたか」
笑うほどの理解ってなんだソレ。眞清に「そこそこ」と応じながらあたしはノートに数式を書き込む。
「おはよう」
「あ、おはよ、春那ちゃん」
わからなかった問題をすべて書き込みができて眞清に「ありがとな」と礼を言う。
壁に背中を預けながら春那ちゃんと雑談していると「蘇我くん」と眞清を呼ぶ声が聞こえた。
「さっき、大森さんに数学教えてたよね? あたしも教えてもらってもいいかな?」
弥生ちゃんだ。弥生ちゃんの姿を確認しつつ、頭の隅で「やっぱモテてるんだな」なんてことを思った。
午前中に数学、午後に化学…と月曜日の時間割をこなしていく。
なんとなくダルい。今日はさっさと帰るか…なんて思っていたら「克己ちゃん」と春那ちゃんに呼ばれた。
「今日の放課後ってなんか用事ある?」
「ん? 別にないけど」
「それじゃあ…ちょっと、付き合ってもらってもいい?」
「ああ」
春那ちゃんにそうやって言われることは滅多にないような気がする、なんて思いつつあたしは立ち上がった。
更科と眞清に「じゃあな」と言って春那ちゃんの後に続く。
教室を出て下駄箱で靴を履き替えて…構内の、外の自販でジュースを買った。
春那ちゃんはミルクティーであたしは炭酸。
近くのベンチに腰を下ろす春那ちゃん。あたしも隣に座る。
こんなところにベンチがあったのか、と初めて知った。あまり通らないから、というのもあるかもしれないが案外見てないものだな、とも思う。
「急にびっくりした?」
「ビックリ…うーん…」
缶を開けるときにプシュ、という音がした。一口飲むとレモンの味と、刺激が口の中に広がる。
「意外だった、かな? 珍しいとか思ったけど」
「余計なことかなとは思ったんだけど」春那ちゃんは言いながら缶のフタを開ける。一口飲んで、息を吐いた。
「更科君、今日も克己ちゃんを責めるのかと思って」
春那ちゃんは金曜日…あたしの更科の会話が聞こえていたんだろうか。
あたしは瞬いて春那ちゃんを見た。ふわふわしている雰囲気。
でも、見た目通りののんびりさん、ってわけでもない。
「克己ちゃんは、更科君が怖い?」
「…」
春那ちゃんの問いかけに、あたしは声を失う。
「――克己ちゃんを好きだって言う人が、怖い?」
続いた問いかけ…その言い様では、更科があたしに好きっぽいと言ったことを知っているみたいだ。…そのことに気付かないまま、春那ちゃんに応じる言葉が見つからない。
春那ちゃんから視線を外して、目を閉じた。一つ息を吐き出す。
「…オトコとオンナで…」
あたしは、呟いた。問いかけみたいな、独り言みたいな。
「トモダチっていうのは、難しいのかな」
「…――」
春那ちゃんは瞬いた。
あたしがある意味、ガキだった。
レオンのあたしに対する想いが特別な…『LOVE』の意味の『好き』だと言っていたのに。
『知っている』と言いながら――『わかっている』と答えながら、わかっていなかった。
それでレオンを泣かせて…悲しませて、パニックにさせてしまって。
あたしに背中のキズ、――多分レオンに、心のキズを作ってしまった。
「ない、とは思わないわ」
春那ちゃんは言った。
「『すき』っていう感情が、全部恋愛感情だとは思わない」
だけど、と春那ちゃんは続ける。
「ただ、一緒にいる時間が長いと『すき』って思う部分が多くなって…」
春那ちゃんはそこで言葉を止めた。
「…うまく言えないわね…」
少し考えるように、缶を持つ指先でカツカツと缶を叩く。
「恋愛感情の『すき』の前に、男とか女とか関係なく、一個人として『すき』の感情があると思うの」
「…ああ」
それは、わかる気がした。嫌悪している相手を『LOVE』になれるとは思えないから。
「その個人として『好き』な部分が多くなると、恋愛的に『好き』な部分も増えてくるのかも、ね」
「……」
オトコとオンナの友情は、ないのかな。ないことはないけど…難しいんだろうか。
「男と女で――トモダチとして、一緒にいるのって難しいのかな」
――あたしは、ソレを求めていたんだが。
…というか、眞清とあたしはそうだと思っていたんだが。
呟きに、春那ちゃんは瞬いた。間をおいて「珍しいのかもね」という答えが返る。
「あたしが知っている人、だと…」
よく一緒にいる三人なんだけど、春那ちゃんは瞬く。
「――女の人がとある男の人を好きで、その女の人をまた別の男の人が好きなの」
そう、春那ちゃんは言った。
「女の人が好きな男の人は…多分、友達として一緒にいるとは思うんだけど」
あたしは春那ちゃんの言葉を聞きながらなんとなく、春那ちゃんの兄ちゃん…会長と、涼さんと、野里さんを脳裏に思い浮かべた。
その三人なのかはわからなかったが…「そぉか」とジュースを飲む。
「…自分が友達と思っているなら、そのままでいいんじゃない?」
「へ?」
「友達として好かれてるなら、大丈夫なんでしょ?」
「…まぁ…」
更科があたしを『LOVE』だと聞いたら、怖くなった。
――眞清もまた、怖いと思ってしまった。…不思議と更科程ではないんだが。
「これはわたしの勝手な意見。…当事者じゃないからこその意見だけど」
春那ちゃんは、案外雄弁なんだな、と思った。益美ちゃんとは違う雄弁さ。
「誰かを好きな感情って、勝手なものだと思うの」
フワフワした外見からするとちょっと意外にも思える、淡々とした口調。
「想われてる当人には関係のない感情だと思うの」
春那ちゃんの言葉に、更科の言葉を思いだした。
『謝るなよ』
『オレが言いたくなったから、言っただけ』
――そう言ったことを、思いだした。
「その感情を押し付けてくるようなら話は別だけど」
若干ブラックモードの春那ちゃん。…何かあったのか…?
「ともかく」と春那ちゃんは一つ息を吐き出した。思考を切り替えるように。
「克己ちゃんは、好きって言われても、想われてても、そのまま放っておけばいいんじゃない?」
「…誠意がなくないか?」
好かれていることを知っていて――その感情を恐れて、目を背ける。
春那ちゃんは「誠意?」と呟いて、あたしを見る。
「これは勝手な意見だから、誠意なんてないわ」
あっさりきっぱり言い切った。いっそ、清々しい。
「結局自己中よ。…みんなみんなそういうものだと思う」
「克己ちゃんは優しいね」と言われて驚いた。
あたしは常に、自分のことしか考えていない。優しいと言われるような部分がないと思うから。
「…春那ちゃんはあたしが驚くことを言うな…」
この前は美人とか言うし。今はあたしを優しいなんて言うし。
「そう?」と春那ちゃんは首を傾げる。カワイイ。
「自分が思う自分と、他人から見た自分って案外違うものかもよ?」
春那ちゃんの言葉にうまく言葉が思い浮かばないあたし。「とりあえず」と春那ちゃんは言った。
「更科君と二人っきりになりそうなのが嫌なら、わたしでも蘇我君でも利用すればいいと思う」
「…そこで、眞清…?」
春那ちゃんはミルクティーを飲んだ。「いいじゃない」と淡々と。
「今まで一緒にいたんだもの。…克己ちゃんは、蘇我君に『無理と付き合わなくていい』とか言ったみたいけど」
ミルクティーを混ぜるように缶を振りながら春那ちゃんは続ける。
「蘇我君が『無理と付き合ってる』とか言ったわけじゃないんでしょ?」
あたしは春那ちゃんを見つめた。…なかなか、ジュースの量が減らない。
「蘇我君が克己ちゃんに、『無理と付き合わされてるから、いい加減にしてくれ』とか言ったわけじゃないんでしょ?」
春那ちゃんはあたしを見た。真っ直ぐに。
「いいじゃない、利用すれば」
はっきり言い切った春那ちゃんはミルクティーを飲みきったのか、あたしから視線を外すと缶を斜めにしてラベルを眺める。
「仮に利用されてるとしても、好きな人と一緒に居られるのは嬉しいことよ」
「――え…?」
少し俯いて言った春那ちゃんの言葉は、よく聞こえなかった。聞き返したあたしに、顔を上げて「使えるモノは何でも使え、ってね」と言う春那ちゃん。
なんてーか…春那ちゃんはやっぱり、会長の妹だよなぁ、なんて思う。ちょっと笑えた。
「利用できるモノは何でも利用してしまえ、って?」
「そう」
春那ちゃんが頷く。
「まぁ…『利用する』っていう意識がある以上、後で相手に『利用された』ってバレた時の対応も考えておかないといけないと思うけど」
「――春那ちゃんは冷静だなぁ…」
先のことまで見通した意見に感心する。「わたしは当事者じゃないから」と言って、あたしがジュースを飲みきったのを見たからか、春那ちゃんが立ち上がった。
「更科君、帰ったみたい」
「え?」
「自転車で行くのが見えたわ」
「…」
――春那ちゃんってスゴイなぁ。先を見通す上に周りまでちゃんと見ている春那ちゃんにあたしはまた、感心してしまった。