月曜日から春那ちゃんが気を回してくれているのか、放課後…帰るまでに一人になることはなかった。
更科とも、もちろん話す。当たり障りのない雑談を。
金曜日以来、春那ちゃん曰く『責められる』こともない。
明日でまた一週間が終わる。
木曜日の最後の授業は体育だ。今はバレーをやっている。
男子と女子は(当然かもしれないが)分かれてやる。
うちのクラスは女子のほうが二人多くて十八人。
三チームに分かれて試合をしていて、試合が終わって休んでいるところだ。
あたしのチームは負けたから、次の試合は見学。
今は勝ったチームの休憩と、次に試合するチームの練習時間みたいな感じ。
あたしは明子ちゃんと男子のほうの試合を見ていた。
なんとなく、男子の球のほうが速く見える。
一チームだけ六人で、あとの二チームは五人だ。
六人チームと五人チームが対戦する時、元気な体育の先生――久保先生は五人のチームに交じって試合をしている。今は五人チームと五人チームの試合っぽい。
近くのコートに更科がいるのがわかった。サーブをする。
バスケ部だけあってチームプレイは得意なのかな、なんて勝手に思った。
六人チームらしい眞清は見学中みたいだ。
「女子ーそろそろ次の試合始めろよー」
男子と女子と両方見渡せるようにか、二つのコートの間で時計を見たらしい久保先生が言った。ボールが変な風に飛んだ時用に、二つのコートの間には網が引いて区切ってあって、久保先生は男子のほうに立っている。
背中に壁があるのはいいが、今の位置だとサーブが真っ直ぐにくる位置でもある。どちらからともなく明子ちゃんと立ち上がって、男子が試合をしているコート側から離れた。
得点係とボールがラインから出たか入ったか判定する係と…で、二人余る。ジャンケンで勝ったあたしと茜ちゃんが見学してていいことになった。
あたしは壁に背を預けて試合を眺めることにした。
壁際でぼんやりしている様子の眞清の姿が見える。
「それじゃあジャンケン〜」
得点係になった明子ちゃんがそう言って、ジャンケンをする。春那ちゃんと益美ちゃんのいるチームと弥生ちゃんのいるチーム。
ジャンケンで弥生ちゃんのチームがサーブ権をゲットした。
春那ちゃんと益美ちゃんのチームがコート権をゲットして、見学しているあたしと茜ちゃん寄りのコートに進む。
それぞれが配置についたら「試合開始〜」と明子ちゃんが言った。
あたしと似たような身長の朋子ちゃんがサーブをする。
益美ちゃんがレシーブで打ち上げて、くるみちゃんがレシーブであたしから見て左側の朋子ちゃん、弥生ちゃんのいるチームに返す。
「おりゃっ!」
詠美ちゃんがレシーブで打ち上げて、朋子ちゃんがアタックをした。
それを今度は和泉ちゃんがレシーブで取る…とボールの様子を追っていた。
結構、ボールは落ちないで続く。右、前、後ろ…と視線でボールを追う。
優実ちゃんが再びアタック――って!
「茜ちゃん!」
あたしは茜ちゃんを引っ張った。
右側にいた茜ちゃんを引っ張って、左腕を広げてボールが当たらないようにする。
ベシッ! と左腕に当たった音と、衝撃。
試合をしたら暑くて、今は長袖のジャージを脱いでいた。
「大森さん!」
「克己!!」
優実ちゃんのアタックしたボールが斜めに飛んできた。真っ直ぐ、見学していた茜ちゃんとあたし付近に。ビビった…。
「大丈夫?!」
「あー。大丈夫、大丈夫」
ボールは、あたしの左腕に当たったくらいだ。
無理やり引っ張ってしまった茜ちゃんに「大丈夫?」と訊ねると「ビックリしただけ」とちょっと目を丸くしていた。確かにビビったよな。
「これはちゃんと仕事しろというカミサマのお告げ…?」
「ハハッ。かもな」
茜ちゃんの発言に笑ってから、壁に当たって戻ってきたバレーボールを益美ちゃん達のいる右コートのチームに投げる。
「あれ? 投げたけどコッチでよかったっけ?」
投げた後になんだが。次にサーブするらしい和泉ちゃんが「正解!」とボールを掲げる。
「大森さん! 茜も、マジゴメン!!」
優実ちゃんに「大丈夫だよ」と手を上げて応じる。
ある意味どこにいてもボールが飛んでくる可能性はある。けどまぁ、とりあえず明子ちゃんがいる得点板? の後ろのほうに茜とちゃん二人で移動した。
「赤い!!」
――体育の授業が終わって、放課後。
ボールが当たった腕を見て、優実ちゃんが叫んだ。けど、痛くないし問題なしだ。
今の問題は…。睡魔だった。
(なんか…眠い…)
眠いというのか、体が重いというのか――とりあえず、ダルい。
「お先」
春那ちゃん、更科と眞清に声をかけてさっさと教室を出る。
すぐに帰ろうか、とも思うが…なんか、睡眠薬を盛られたみたいに瞼が重い。
(ちょっとだけ…寝たい)
こういう眠い時は、五分でも十分でも寝ると違うんだ。…というか、たまにこういう睡魔に襲われるときは、寝ている。
寝顔は敢えて晒したいものでもない。
保健室で仮眠させてもらおうか、と思って保健室に行ってみたんだが、今日に限って先生がいないらしく『出張中』と、ドアにプレートがぶら下がっていた。
(ドコでならちょっと寝れる…?)
ちょっとでいいんだ。五分でも十分でも寝たい、と保健室のドアから視線を外して、歩き出す。下駄箱のほうに向かう途中、涼さんの姿が見えた。
(…そうだ)
本部室の隣。――こっそり作ってもらった秘密基地。
涼さんに声をかけて「ちょっとだけ、仮眠してもいい?」と言ったら「今は誰もいないと思うけど、そのうち行くから」と了承してくれた。
最初は「誰かいるとき使ってください」とピシッと言ってたけど、いくらかゆるくなったというかなんというか。ひとまず「ありがとう」と礼を言って本部室へと向かう。
歩いてるのに眠気は拭えない。ダルさも相俟っているんだろうか。
体が重い…と思いながらもドアを開ける。
涼さんの言う通り、本部室には誰もいなかった。
一応「こんちは」と挨拶しつつ部屋に入る。当然ながら、返事はない。
本部の奥を覗いた。野里さん曰く、ちょくちょく来ると言っていた眞清の姿も見えない。
壁側の椅子に腰を下ろした。
寝ている間も、あまり背中は晒したくない。どうせ仮眠だ。すぐに目も覚めるだろう。
椅子に腰かけながら背中と左肩を壁に押し付けるようにして瞳を閉じる。
トプン、と水に浸るような感じ。プールに体を沈めるように…意識が、遠くなる。
風が頬を撫でた気がした。
「――…?」
あたしは何度か瞬く。現状を理解するために。
「起きましたか」
声に視線を向けた。まだぼんやりする頭。…だけど…。
「眞清…?」
自分の声を遠くに感じた。色々ぼんやりしているせいだろうか。
「はよ…?」
「疑問形ですか」
一度あくびをした。あくびをしたら脳ミソに酸素が増えたのか…少し、意識がしっかりする。ここは、学生会の隣…涼さんに了承を得て入った、秘密基地だ。
「? なんでいるんだ?」
「ここ最近は僕のほうがよく来てますけどね」
「あー…」
そうだ、ここはあたしだけの秘密基地じゃない。
もう一度、あくびをする。机に肘をついて、左指の背を唇に当てる。
眞清の「腕」という短い言葉を聞き逃し、「あ?」と聞き返した。
「…赤いそうですが」
続いた言葉で左腕のことか、と理解した。七分袖だから、眞清に赤っぽいのが見えたのかもしれない。
ちょっとだけ赤くなった手首と肘の間――左腕の内側を眞清へと示す。
「ちょっと柔らかいところに当たっただけだ」
おお、地味に内出血か? 今更左腕のそんな現象に気付いた。
「痛みは…」
「ないない。赤っぽいだけだ」
――ひたすら、優しいな。
なんでか、春那ちゃんの言葉を思いだす。
『友達として好かれてるなら、大丈夫なんでしょ?』
…そう思ってたから、一緒にいられた。
『蘇我君が『無理と付き合ってる』とか言ったわけじゃないんでしょ?』
――そう、むしろあたしから拒絶した。
『いいじゃない、利用すれば』
春那ちゃんの言葉を自分の中で繰り返したあたしは、眞清へと視線を向けた。
「…眞清」
そう呼ぶと、あたしの腕を見ていた眞清が顔を上げて、目が合う。
「今日はもう、帰るのか?」
数度瞬く眞清。答える前に、あたしは続ける。
「用事がないなら、一緒に帰らないか?」
そんなあたしの問いかけに眞清はまた瞬いた。ゆっくりと。…それから。
「…はい」
――ふわりと、笑う。笑って、頷いてくれる。
そんな眞清にあたしは「じゃ、行くか」と立ち上がった。
本部室を覗いたらドアが開いて、会長と涼さんが来た。いいタイミングだ。
時計を見てみたら、『寝たい』と思った時間から三十分くらい経っていた。…結構寝てたんだな。
「あら…寝れた?」
「あ、うん。ありがとな」
涼さんに礼を言って今日は帰ることを告げた。
「…蘇我君も?」
「はい」
応じた眞清に「そう」と涼さんは応じる。
「気をつけてね」
冬哉さんの言葉に頷いて「お先に」と本部室を後にした。