眞清と一緒に、久々に帰った。…何気に一か月近くとか、経っている気がした。
まぁ、朝は一緒に行ってるし…話す内容は、当然変わりようもないんだが。
夕飯をすませたあたしは自分の部屋の、一つの引き出しを開けた。
…少しだけ、破けた…あたしが破いた、写真。
小さな眞清と、あたしと。
「――…」
結局破ることができなかったのは――破いて捨ててしまうことができなかったのは、この写真を気にいっているから、とか小さい眞清が可愛いから、だけではなくて。
ベッドに腰を下ろして、写真を見る。
色褪せた写真の一方…眞清を、なぞる。
大切なんだ。…どうしたって。
傍にいたいんだ。――自己中な思いだけど。
今日、一緒に帰りながら思った。
…一緒に登校しながら、どこかで感じていた思い。
教室の授業中でも、ずっと――意識せず、それでも認識していた。
眞清が後ろに…傍にいる、安心感。安定感。
――眞清が『あたしを好きだ』ということを聞いてしまって、湧きあがった恐怖よりも…あたしは眞清の傍の心地よさのほうが勝るみたいだ。
『友達として好かれてるなら、大丈夫なんでしょ?』
また思いだす、春那ちゃんの言葉。
『蘇我君が『無理と付き合ってる』とか言ったわけじゃないんでしょ?』
そうだな、と口の中だけで呟く。
『いいじゃない、利用すれば』
あたしは、目を閉じた。
※ ※ ※
今週も、今日で終わりだ。ショートホームルームも終わって、後は帰るだけ。
あたしは眞清へ振り返る。
「眞清」
「? はい」
「今日、なんか用事ある?」
眞清が瞬く。しばらくの間を置いて「特には」という返事。
あたしは「そうか」と一つ、息を吐き出す。
「一緒に帰らないか?」
あたしの問いかけに、眞清はまた瞬いた。ふわりと、昨日も見せた笑みを見せる。
「…いいですよ」
「おし」とあたしは笑った。立ち上がると、振り返った更科と、こっちを見ていた春那ちゃんに「お先」と声をかける。
目が合った春那ちゃんにあたしは笑った。春那ちゃんの言葉があたしを――自己中な感情だけど、それでも、背中を押してくれた言葉をくれたから。
廊下に出ると眞清にまた、問いかける。
「寄り道してもいいか」
「構いませんよ」
優しい眞清。――自己中なあたし。
自己中なあたしは、優しい眞清を利用することにした。
「コンチハ」
本部室にいた涼さんに声をかける。
「あら、大森さん…と、蘇我君」
まずあたしを見て…後ろにいた眞清に気づいたらしい涼さんが声を上げた。眞清が「失礼します」と言う。涼さんに「また借りていい?」と訊いたら「いいけど、」と前置きをして続けた。
「冬哉が今日は来なくて、私と…野里が来るの、多分遅いと思うの」
「うん、わかった」
頷くと「じゃあ」と涼さんが本部室から出ていく。
作ってもらった秘密基地。
壁側の…昨日、仮眠をとった椅子へ腰掛ける。
「ちょっと、内緒話」
眞清が椅子に座ったのを見計らって、口を開いた。
「いくらか長くなるかもしれないんだけど」
眞清は数度瞬いてから肩にかけるカバンを下ろして、あたしの正面の椅子…眞清の右隣の椅子へ置く。机の上で指を組んだ。
「――どうぞ」
あたしも背負っていたカバンを下ろした。
眞清と同じように、あたしの右隣の椅子へとカバンを置く。
あたしは一つ、唾を飲み込んだ。――ちょっと緊張しているのかもしれないと、頭の片隅で思いつつ。祈るように手を組んで、その手に額を当てた。目を閉じて…開いて、息を吐き出す。
「この前…あたしが更科にビビってるって、眞清言ったじゃん?」
――この前、とは言ってももう、一ヶ月…下手をすればそれ以上経つかもしれない。
少しの間を置いて「はい」と応じた眞清にあたしは我知らず笑っていた。――それはもしかしたら、苦笑といえるようなモノだったかもしれない。
「眞清が予想した通り…背中のコトとちょっと関係あってさ」
あたしはまた一つ息を吐き出した。
「レオン」と声にならないまま…できないまま、呟く。
「――克己の大事な人が、克己が日本に来るというのを聞いてパニックを起こして」
淡々と眞清は言う。その瞳や表情に、いつもの穏やかそうな印象はない。
「…克己を、傷つけたんですよね」
感情の見えない声音と表情。ざっくりと言えばその通りで…今年の春休み、眞清にそう言ったはずで、あたしは頷いた。
「大まか、その通りだ」
背中が、じわりと軋んだ気がした。また、瞳を閉じる。
――あぁ、あれからもう…一年以上経ってるんだな。春休みになる頃には、二年経つことになる。
それなのに、今も消えない。レオンの声、涙。――背中の軋み。
傷痕はもう、『ない』くらいだろうに。
「――その大事な人、と…更科の告白と、関係が?」
「…告白?」
眞清の切り返しに、思わず聞き返した。眞清は「すいません」と前置きをして、続ける。
「――克己が更科にビビっていた様子が気になったので、何か言ったのか、と…」
静かに、眞清は言った。
「更科に、訊いたんです」
「――…」
もしかして…あたしはそれを聞いたんだろうか。
いつかの――盗み聞きしてしまった、眞清と更科の会話。
そういえば先週、更科が『オレにビビってるっていうのは本当か』と…眞清に言われた、みたいなことも言ってたな。
『――克己が好きですよ』
眞清の言葉を思いだして、組んだ指に力を込める。しばらくの沈黙が続いた。
「…そっか」
――あたしは、息を吐き出す。
眞清が知っているなら、話は進めやすい…かもしれない。
「その大事なヤツ…レオン、っていうんだけど」
『レオン』と言葉にしたらどこか――痛んだ。
声にして、言葉にしたのは…なんだか、久しぶりのことに思えた。
「そいつがいつも、あたしに好きだと言ってたんだ」
「――え…」
眞清がちょっと声を上げる。あたしはまた、組んだ指に額を押し当てた。
「あたしが…まぁ、バカだったってか、ガキだったってか」
何度も何度も繰り返された言葉。
…あたしを好きだと、大好きなんだと告げたレオン。
「レオンから何度も何度も言われてたのに、あたしはちゃんと、言葉の意味を理解してなかった」
「知っている」と「わかっている」と応じながら――
「想いを、わかってなかった」
沈黙のままの眞清を見た。いつもは穏やかに見える瞳に複雑そうな光が宿る。組んでいた指を解き、机に重ねる。自分の指先を見て、あたしはただ続けた。
「あたしを好きだ、って言ってくれてたヤツが…まぁ、パニック起こして」
背中を刺した――と言葉にする前に、眞清に遮られる。…視界に映る、眞清の手。
その手は、「言わなくていい」と、示した。
「――はい」
わかったと、答えるように。
顔を上げると眞清と目が合って、あたしは笑った。心配してくれてる…と、わかる顔だったから。
一つ息を吐き出す。重ねていた手を、また組んだ。
「更科があたしに…まぁ、好きっぽいって言ってさ」
「…」
「――頭じゃな、一応…誰かに好きになってもらえるのは、いいことだって思ってんだ」
言葉にして、自分一人で「そうだよな」って思う。目を閉じて…「だけど」と思う。
「…でも、『怖い』って思っちまって、さ」
好きだ、と言ったレオン。
――あれだけの感情。激情とさえ思えそうなほどの、強い感情。
…怖い、と思う。思ってしまう。
『やだ!!』
『傍にいてくれるって言ったじゃないか…っ』
あたしは眞清へと視線を戻した。
「――コレが、あたしが更科にビビってる理由、かな」
「…はい」
眞清が頷く。頷いた眞清に、「眞清」とあたしは呼びかけた。