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⑦告白
<期限>

「あのさ…」

 あたしは、眞清があたしを好きだと…知ってしまっている。
 でもあたしは、眞清の気持ちが『怖い』というよりも、眞清の傍の『心地よさ』を望んだ。
 眞清の優しさに付け込んで。――あたしを好きだと言っていた眞清に、付け込んで。
 …自分の居心地の良さで、眞清を利用する。
『まぁ…『利用する』っていう意識がある以上、後で相手に『利用された』ってバレた時の対応も考えておかないといけないと思うけど』
 春那ちゃんの言葉を思いだして、「その通りだ」と思う。
 いつか、しっぺ返しをくらうかもしれない。
 でも…今は。

「もしまた、…背中になってくれ、って言ったら…」
 眞清が瞬いていた。
「――あたし一人に慣れなきゃ、って自分から言ったんだけど、さ」
 あたしはそこで一度、息を飲み込む。
「――もしまた、一緒にいてくれって、言ったら――」
 一緒にいてくれるか?
 それは言葉にしないで、眞清を見た。
 眞清が、あたしを見ている。視線を逸らすことなく――真っ直ぐに。

「…写真は…」
 眞清の独り言みたいな小さな声にあたしは「実はまだある」と手探りでカバンに入っているパスケースを引っ張り出した。
 …昨日、またあの写真を入れた。小さな眞清と、あたしの写真を。
 眞清に示そうとしたら「見せなくていいですから」と切り返された。結構素早く。
「――脅す気満々じゃないですか」
「ははっ」
 パスケースを広げて、見下ろした。まず目に入るのは、家族の写真。美術部のアサエちゃん達に見せた父さん、母さん、あたしとイクの並んだ、今年の夏の写真。
 …その後ろに隠してあるチビの眞清とあたしの写真。少し、あたしが破いた写真。
「ってか、そんなに嫌か?」
「――嫌ですね」
 あたしは家族四人の写真を取り出して、チビの眞清の写真を見た。
「可愛いのに」
「…克己…」
 ややトーンの下がる声。そんなに嫌なのか。
 チビの眞清を見ていた。しばらくの沈黙。ふと、眞清が息を吐き出したと思った。
 顔を上げて、今の眞清を見る。
「弱味を握られていますし――」
 口を開いた眞清。…確かにあたしは弱みを握っている。
 眞清が広めたくない、っていうチビの眞清の写真。
 でも、本当に写真コレが、コレだけが眞清の弱みを握ってるってことになってんのかな。
 ――結局は眞清が優しくて、あたしに付き合ってくれているっていうのが本当の、大部分を占める理由な気がする。
 あたしと目が合うと、眞清は少し笑った。
「…克己の弱みを、握ってもいますから」
 続いた言葉にあたしは瞬いた。
(…ああ、背中のことか)
 そう思いついて「だな」と応じると、思わず笑ってしまう。
 捻くれたヤツ。歪んだヤツ。ヤなヤツ。
 そういう言葉が似合う部分が、眞清には確かにある。
 ――でもそれ以上に、眞清の大部分を占めるのは
「いいですよ。…写真を広げられないように、克己を見張らないといけませんからね」
「――…」
 優しさだ、と思う。

「ありがと、な」

 自己中なあたしは、その眞清の優しさに付け込んで――利用する。
「――眞清」
「はい?」
「…ごめんな」
 今までのことと、これからのことと…いくつかの意味を込めて、呟いた。
 謝罪するくらいなら、やらなければいいのに。――それでも、やめられない。
 眞清の傍、っていう心地よさ。
 瞬く眞清に、あたしはちょっと俯いて続ける。
「自己中で…」
 引っ張り回して、優しさに付け込んで――利用して。
 利用する、とわかっているのに――傍にいたい、と思ってしまう。
 眞清が「克己」と言うと、額に何かが触れた。触れたのが眞清の手だと気付いたのは、それが離れてからだった。
 自分の手を見下ろしながら「熱はないようですね」と言った眞清。
「…? ないはずだけど?」
 応じると眞清があたしを見た。いつもの――胡散臭いとも思える笑ったような印象の顔。
「いえ、克己が妙なことを言い出したので、熱でもあるのかと」
「昨日もここで寝ていたようでしたし」と眞清は続ける。
「……」
 あたしは眞清の言葉を自分の中で繰り返した。――つまり?
「――ケンカ売ってる、ってことか?」
「まさか。事実を言っただけです」
 眞清は指を組んで、朗らかといえるような口調で言い切った。やっぱヤなヤツだな、おい! …まぁ、そう言われる程度にあたしは自己中なわけなんだが…。
「――自己中なのは、誰しもそうでしょう」
 小さな呟きは、ちゃんと聞こえなかった。思わず「え」と呟くと、眞清は言葉を続ける。
「というか、克己の自己中は標準装備じゃないですか」
「なんだよ、標準装備って!」
「言葉通りです」と眞清はいつもの顔のまま続ける。やっぱりケンカ売られてないか?!

「――謝ることなんて、ないですよ」

 ちょっと何か言い返したい、と思った瞬間の言葉だった。
 眞清の言葉がちゃんと、あたしに届いて…思わず、止まる。
「…僕が、克己の背中になる、と言ったんですから」
 克己が謝るようなことはありません、と眞清は繰り返した。
「僕は僕なりに…譲れない部分があって、その譲れない部分を押したり歪めたりしてまで克己に付き合うことはしませんし」
 少し、眞清が笑う。――今度はいつもの胡散臭いものとは違う、ふわりとした笑顔。
「克己が謝ることは、ないですよ」
 笑顔と…繰り返された言葉。
 やっぱり、と――何度も何度も思ったことを、思う。眞清は優しい、と。
「…ありがとな」
 呟いて、あたしもまた笑った。眞清が笑みを深める。

 優しい眞清。自己中なあたし。
「眞清」
 呼びかけて、あたしは右の人差し指を立てた。
「一つだけ区切り、つける」
「…区切り、ですか?」
 あたしは眞清の言葉に頷く。
 …昨日、考えたこと。
 眞清の優しさに付け込んで…利用する、と決めて。
 その時、眞清に言おうと思っていたことがあった。
「眞清に彼女ができたら、もういいから」
「…はい?」
 眞清がちょっとばかり妙な声を上げた。あたしは妙な声だな、とは思ったけどそこには触れず、突っ込まず、言葉を続ける。
「一人に慣れなきゃいけない…っていう気持ちも一応本当なんだ」
 少しの間を置いて「はい」と応じた眞清。あたしは続ける。
「だから――」
 ――あたしは眞清の気持ちを知っていながら、眞清の優しさを利用する。
「――眞清に彼女ができたら、当然彼女を優先させていいからな」
「……」
 言葉を発しない眞清に、あたしは繰り返す。
「眞清に彼女ができたら…もう、あたしの背中になってくれなくていいから」
「それまでに、一人に慣れるようにするから」と、続ける。
 瞬く眞清の、瞳に宿るのは…なんだろう。
「眞清に彼女ができるまで…頼む」

 眞清は、あたしを好きだと言っていた。――それを、あたしは知っていて。
 眞清があたしに「好きだ」と言ったりしないように…眞清に彼女が、あたし以外の好きな人が現れるまで一緒にいようと、利用する。

「眞清はモテるらしいが…あんま早く作ってくれるなよ? なるべく早く、一人に慣れるようにするけど」
 あたしは笑いながら言った。その言葉は、嘘ではなかった。
 眞清は今も瞬いている。
 瞳や表情から見える、戸惑いのようなもの。あたしは眞清のその表情の意味を、分からないふりをした。
 多分、ちょっとの間だった。だけど、感覚としては長く思えた。
 眞清が何かを決めたみたいに目を閉じて、開いて――
「――はい」
 微かに、頷く。
 あたしは一つ息を吐き出した。それは自分自身…ちょっとだけ、安堵の吐息に思えた。
「よろしく」とあたしは右手を差し出す。
「…握手、ですか?」
「そうそう」
『友達だって、握手くらいするだろ?』
 ――なんでか、更科の言葉を思いだした。
「同盟、ってことで」
「なんのですか」
 眞清は言いながらも手を差し出す。きゅ、と握った。
「…眞清に彼女ができるまでに一人立ちしよう同盟…?」
「――無駄に長いですね」
 眞清がちょっとだけ笑う。「それって同盟ですか?」と続いた眞清に「そういうことにしとく」と手を離す。
 あたしは右手を見下ろした。
 眞清の手の大きさと温もりが残る気がする手の平を、握る。
「…内緒話は、終わり」
「そうですか」
「っつーわけで、帰るか!!」
 あたしは出したままだったパスケースをしまって、立ち上がる。
「はい」
 応じて立ち上がった眞清は…前と同じように、あたしの斜め後ろへと並んだ。

豊里高校学生会支部3<支部室の告白><完>

2009年 9月13日(日)【初版完成】
2013年 4月23日(火)【訂正/改定完成】

 
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