「大森さんは、今日は時間がある?」
冬哉さんから答えではなく、問いかけが返ってきてあたしは「え?」と妙な声を上げてしまった。
だけど、用事があるわけじゃないから「別に用事はないけど」と応じる。
眞清にも冬哉さんは視線を向けて同じような問いかけをすると、眞清もまた「用事はありませんが」と答える。
「それじゃあ、ちょっと行こうか」
「…あ?」
さっきから答えを貰えてないんだが。思わずまたもや妙な声を上げると冬哉さんは「ふふ」とちょっとだけ笑う。
「大森さん達の秘密基地の存続…」
続いた言葉にあたしは瞬いた。
「一応、やれることだけやってみるから」
付き合って、と冬哉さんは人差し指で学生会室を示す。
ある意味、あたし(と眞清)の為にやってくれている事だ。その筈だ。…なのに。
「…は、あ…」
…なんとなく学生会室に殴りこみに行く…ように見えるのは、なんでだ?
いつもみたいに、気が弱そうにも思える顔で冬哉さんは「じゃあ行こう」と歩き出す。
冬哉さん、涼さん、野里さん…それから、あたしと眞清が続く。
「――面倒事にならなければいいんですが」
「ミョーなコト言うなよ」
眞清の呟きに思わずツッコミをかました。
※ ※ ※
「あら、前会長」
「早いね、新会長」
…学生会室に入った途端、こんな感じだった。
なんか、人口密度が高い。
…いや、たまに会議っぽいことをしていることもあるから、そーゆー時もやっぱ人口密度は高いんだが…今日は、委員長会とかはない筈だ。…多分。早速、新生学生会がやってるっつーなら話は別だが。
「今までご苦労さまです。受験、頑張ってくださいね」
輝く笑顔で新会長は言った。壇上で堂々としていた彼女は、喋り方からも思ったけど、元々がハキハキしている人らしい。
「美弥ちゃん…」
涼さんの呼びかけに新会長は「あ!」と表情を輝かせた。
…気のせいだっただろうか。野里さんをギッと睨んだ上、「ちっ!!」とか舌打ちしそうな顔になった気がしたのは…。
涼さんに視線を戻した新会長はにっこりと――冬哉さんに向けたモノより更に輝いているように思える――笑顔で「涼先輩」と名を呼んだ。
「お疲れさまでした、涼先輩」
「…ありがとう」
涼さんがそう応じると新会長はまた、嬉しそうに笑う。
「美弥ちゃん、おれは?」
そう言いながら『ヘラッ』とも思える笑みを見せた野里さん。新会長はふと目を細めた。
…さっきの睨みは、気のせいじゃなかったかもしれない。
「ゴ苦労サマデシタ野里サン」
「うわ、めっちゃカタコト」
くくく、と野里さんは笑う。「ふん」と言わんばかりに顔を反らした新会長と目が合った。
あまりにもバッチリ目が合ってしまって、思わず「ども」と挨拶をする。パチリ、と新会長は瞬いた。
「…あぁ、もしかして噂の」
新会長の言葉にあたしは「え」と声を上げてしまう。
「そう、噂の」
頷く冬哉さんに今度は「は?」と視線を向けた。…なんだ、『噂の』って。
「大森さん、だったっけ? あたし、鷲沢」
「あ…はぁ、ども…」
何で名前知ってんだ? とか思う。あたし、そんなに目立つようなことはしてないハズだけど…。
「あ。当選おめでとう」
今更かもしれないけど、言ってみた。新会長は数度瞬いたけど「当然よ」と笑う。
「あたししかいなかったしね」
続いた言葉に「そっか」と頷くと、「事前準備もしっかりヤッたしな」と近くにいた男が笑った。名前はわからない。
「当たり前」
「ぅご…っ!」
「……」
見事なまでの裏拳に思わず声を失う。…まだ悶えてるっぽいけど、大丈夫かあの男…。
「前会長にハナシを聞いてるわ。隣、使いたいんだって?」
「え? …あぁ、まぁ…」
その通りなんだが。
あたしはチラリといつも通り、気の弱そうにも思える顔をしている冬哉さんを見た。
目が合うと、ふと冬哉さんが笑う。
「じゃあ、テストをしようと思います!」
「…へ?」
話が見えず、思わず妙な声を上げた。
「…面倒事ですか…?」
ポソリとした眞清の呟きは、あたしの耳には届かなかった。
※ ※ ※
「今度の会長さん、面白いヒトだな」
帰りの電車の中、あたしは思わず呟いた。
今度の会長、っていうか…会長って面白いヒトがなるのか? 冬哉さんもある意味面白いヒトだし。
学生会室の隣…冬哉さんの許可を貰って出来た、空間。
そこを引き続き使うために、新会長いわく『テスト』を受けることになった。
「新会長の好きな人は誰でしょう、って…」
テストの内容を思いだし、ぼやく。
「探偵ごっこをしろ、ということでしょうか」
眞清の言葉を聞きながら、あたしは新会長に言われたことを思いだす。
『どれだけ聞きこんでくれてもいいよ。ただし、あたしに訊かれても答えないから』
答えの受け付けはあたしね、とも言った。
此処にいる中で知ってるヤツはいないから、とも。
『正解したら、隣は勝手使ってくれて構わないよ』
頑張って、と新会長はにっこり笑った。
しかし、『どれだけ聞きこんでもいい』ほど完璧に隠してることを、あえてテストとして出題するって…
「バレない自信でもある、ということですかね」
似たようなことを考えたらしい眞清が呟いた。あたしは思わず眞清に視線を向けてしまう。
「…なのか?」
言いながら、首を傾げた。
「まぁ、『正解したら』って条件付きだけど…隣を使わせてくれる気があるっぽいし」
やれるだけやるかな、と呟く。窓の外はもう、結構暗い。
「眞清は…どうする?」
あの空間を使いたいのは、ある意味あたしだ。
眞清が秘密基地というか…教室以外の居場所を求めているのかどうか、あたしは眞清自身からは聞いたことがない。勝手に『欲しいと思ってるんじゃないか』とは思っているけど。
問いかけたあたしに眞清は少しばかり不思議そうな顔をした。
「…問答無用で巻き込まれるかと思っていました」
「――……」
あたしは声を失くした。――ちょっと考えて…まぁ、今までのあたしの行動的に、そう思われてもしょうがないか、と思い直す。
「ちょっとはオトナになってみようか…なんてな」
冗談めかして…でも、『本当』を言った。
『背中』になってくれると言った、眞清。…それをまた、頼んだあたし。
けれど…ずっとずっと、一緒にいられるわけじゃないだろう。
どんなに長くても…きっと、高校卒業がタイムリミットだ。
(――あぁ)
一つに気付いて、あたしは俯いた。――あたしはやっぱり自己中なんだな、と思う。
『オトナになろう』なんて言ったけど…ずっと引っ張り回している眞清の為じゃない。
――あたしが、『一人』に慣れるようにしないといけないから…自立しないといけないから。だから、眞清から離れようとする…一人になろうと、思っただけなんだ。
我知らず笑った。――自分の自己中っぷりに、正直苦笑いしか出てこない。
「――克己?」
眞清の呼びかけに顔を上げた。苦笑してしまっていたあたしに気付いたんだろうか。
やや案じるようなモノが眞清の瞳に見えて――優しいヤツなんだな、と思う。
何度も何度も思ったことだ。
常に敬語で、だからって穏やかなヤツってわけでもない。…けど、結局のところは優しい眞清。
「っつーか…本当のところ、どうなんだ?」
あたしは眞清の呼びかけに答えないまま、問いかけた。
そんなあたしに「…はい?」と、眞清が瞬く。
「あたしは…ほら、前にも言ったかもしれないけど…教室以外の居場所が欲しいんだ」
「…はい」
「だから、あの空間が使えるなら使いたいけど…」
そこまで言うと、眞清はまた「はい」と言った。
思わず「イエスマンか?」と言ったら「は?」とやや態度悪く切り返された。しばらくの間を置き、眞清が口を開く。
「…心外ですね。僕は僕がやりたいようにしか、やりませんよ」
眞清の言葉に瞬いた。
――眞清のやりたいようにしか、やらない。その言葉通りに眞清が行動しているなら…その言葉通りで、あたしに付き合ってくれているんなら。
(付き合い良過ぎ)
そう思って、考え直す。
(…っつーか――やっぱ、優しいヤツなんだな)
あたしは「そぉか」と頷く。それからもう一度、繰り返した。
「…眞清は、どうなんだ?」
眞清は瞬く。ふと一つ、息を吐き出した。
「克己に引っ張られて作られた場所ですけど…あの空間は、僕も気に入ってるんです」
言葉に、今度はあたしが瞬く。
「…克己が使う気がなくても、僕は欲しい空間なので」
――そういえば、しばらく離れていたとき…野里さんが言ってたな。「別行動なんて珍しいな」と言いつつ…眞清が、一人であの空間を使ってた、って。
やっぱ眞清もあーゆー空間が欲しいのか。
勝手に、眞清も欲しいんじゃないかって予想してたけど…あたしの勘も、間違っちゃいなかった、ってことだな。
「だったら巻き込んでいいわけだな」
壁に背をあずけながら、眞清に言う。眞清はわずかに笑った。
「…克己は元々その気だったと思ってましたよ」
言葉だけなら、ケンカを売られているようにも思えた。…だけど、眞清の浮かべる笑顔が――瞳が優しくて、柔らかくて…言葉通りには思えない。
なんと言ったモノか、と考えていると眞清が言葉を続ける。
「僕が今回のテストで合格できたら…克己に使わせてあげても、いいですよ」
…その言い様に、しばしコメカミに指を当てて考えた。
「…上から目線だな、おい」
思わずそう返せば「今まで克己に『テスト』で負けたことはないですからね」とも続ける。…確かにその通りだ。だけど、なんとなくムカついて裏手で殴る。
「…克己、暴力はよくないと思います」
「加減してるだろ?」
「それは、そうですが」
言いながらコホ、と軽くむせる眞清。…しまった、ちょっと強く殴っちまったか。そう思って「大丈夫か?」と問いかけると、眞清は数度瞬いた。
「…自分から殴って、心配してればしょうがないですね」
ちょっとばかり笑う眞清の言葉に、視線を窓の外に外す。
「全然、大丈夫そうだな」
「はい、大丈夫です」
窓の外を見ていたあたしは…眞清の表情に――瞳に宿る、柔らかな光に気付かなかった。
「それに…」
ふと、眞清が思いだしたように続ける。声に、視線を眞清へと戻した。
その顔は、いつも通りに『何を考えているかわからない』笑顔。
「あそこまで言われたら、やるしかないでしょう」
バレない自信があるかもしれない…そう見えた、新会長。
眞清の言葉にあたしは瞬く。
「…眞清って何気にケンカ売られたら買うほうだよな」
思わずぼやいたら、眞清は「そうですか?」と淡々と応じた。