冬休みに入るまで、あと一週間。
今週が終わればそのまま冬休みだ。
「はよ」と、隣の席の春那ちゃんに挨拶をする。
「おはよう」
長い髪をそのまま下ろした春那ちゃんはそう、応じた。
今はもう期末テストも終わってるし、結構のんびりしたもんだ。
…長くない冬休みに、結構課題が出るって聞いて、ソコはちょっと憂鬱になるところだが…。まぁ、どうにかなるだろう。困った時の眞清頼みで。
「おっはよー!!」
元気な声に振り返れば、ビシッと手を上げた益美ちゃんだった。
「はよ」
益美ちゃんは今日も朝からテンションが高い。なんだか思わず、笑ってしまう。
「蘇我君も、オハヨ」
眞清が「おはようございます」と挨拶をすると、益美ちゃんは満足気に笑った。
立ち上がった眞清に気付いて視線を向けると、目が合った。本を持った手が軽く上がる。言葉はなかったが、「図書室に行く」と示していた。
「おう」
応じて、あたしはひらひらと眞清に手を振る。
あたしと春那ちゃんの席の間…その空間に立った益美ちゃんが「年賀状の準備終わった?」と目をキラキラさせながら言った。
そういえば、ちょっと前に住所訊かれて答えたなー、なんてことを頭の隅で思いつつ首を横に振る。
「うんにゃ」
「わたしは、もうちょっと」
あたしと春那ちゃんのそれぞれの答えに益美ちゃんは頷いて、それからぐりっとあたしの方へと顔を向けた。
「え、書いてないの?」
ややその『ぐりっ』にビビりつつも「来たら、書くほう」と応じる。あたしはずっとそんな調子だった。年賀状でもないけど…クリスマスカードとかも、来てから返してた。今年も何枚か、クリスマスカードがアメリカの友達から来ていてそれは返したけど。
瞬きながらも「あ、そーなんだ…」と言った益美ちゃん。あたしは「もらったら、ちゃんと返すよ」と笑う。益美ちゃんは「うん」と頷いた。…書いてくれてるらしい。
「え、ちなみに益美ちゃんはもう終わってたりすんの?」
あたしがそう問いかけると「カンペキ☆」と益美ちゃんはビシッと親指を立てる。
「仕事早いなぁ」
心底、感心した。
「手紙もだけど、結構書くのって好きなんだよね」
「へぇ」
そういえば益美ちゃんは報道部。情報通で好奇心旺盛で…って思ってたけど、何かしら『かく』のも好きで、報道部を選んだんだろうか。
「…ちなみに、蘇我君は年賀状出したりするの?」
「へ?」
あたしは瞬いてしまう。質問の内容を自分の中で繰り返して、「さぁ?」と答えた。
「え、知らないの?」
「うん。とりあえず、あたしは貰わないよ」
そもそもなんであたしが訊かれてんだろう、と思いつつも「隣の家だし、あえて年賀状も出さない」と笑えば「ソレもそっか」と益美ちゃんが頷く。
「あ…ねぇねぇ、初詣ドコか行く?」
年賀状ネタから初詣ネタに移行する。
あたしは「行かない」と首を横に振って「わたしは家の傍の神社かなぁ」と春那ちゃんが応じた。
「え、克己は行かないの?」
繰り返して言う益美ちゃんに「行かない」と笑う。
「人込みが苦手なんだよ」
あたしは「こう見えても」と自分を示した。
「ふぅん…。よかったら一緒に行かない?」
益美ちゃんがちょっとばかり首を傾げながら言った。キラキラした目。ニコニコしてる顔。…カワイイなぁ、と心底思う。
――だけど、あたしは頭を振った。
「ゴメン」
呟くと「ざぁんねん」と益美ちゃんが息をつく。
もっと「行かないの?」とか繰り返されるかと思っていたあたしは、そうやってさっさと引き下がった…なんていう言い方は正しくないかもしれないが…益美ちゃんにちょっとばかり驚いた。
驚きが表情に出てしまったのか、益美ちゃんに「ナニ、その顔」とツッコまれてしまう。
「ニガテだって言ってるのに引っ張り回すような性格に見えるってコト?」
そういうつもりはなかったが…そう受け取られてもしょうがない反応だったと今更気付く。「あたしってば信用なーい」と肩を落とす益美ちゃんに「違う!」と手を振る。
「な・ん・て・ね」
肩を落としたついでに視線を落とした益美ちゃんに慌てたが、益美ちゃんは顔を上げてちょっとばかり舌を出して見せた。
「克己、オモシロイ」
「……どーゆー流れでそうなるんだ…」
益美ちゃんがヘコんでない様子にほっとしながらも、その切り返しに応じた。自分の声が力ない、とわかる。
「見てたら、ちょっとはわかるよ。克己が人込みがニガテってコト」
「……」
益美ちゃんの言葉に、あたしは思わず瞬いた。
「後ろに誰かがいるのも結構ニガテでしょ?」
くるくる指を回しつつ、「図星?」と言わんばかりに益美ちゃんの目が輝く。
「――……」
声が、出なかった。
中学の頃には…指摘されないことだったから。
日本の中学には夏休み明けに転入して…八ヶ月、通った。一年に満たない時間。
…益美ちゃんとの付き合いも、一年と満たない時間。入学してから十二月、って考えると…大体八ヶ月。
(…バレるモンなんだなぁ…)
中学の時は、ちょっと特別扱いしてもらえて…授業中は、別の教室にいた所為だろうか。それで、気付かれなかったんだろうか。
――今はずっと…クラスメイトと行動を共にしているからだろうか。だから、気付かれたんだろうか。
それとも――益美ちゃんだから、気付いたんだろうか。
ちょっとの間があった。あたしは一つ息を吐き出す。壁に背をあずけて、益美ちゃんに視線を戻した。
「――当たり」
「へへっ」
益美ちゃんが、そうやって笑う。
「克己ってオトナっぽくてカッコイイけど…自分が美人だって気付いてない鈍感だし、ニガテなコトもちゃんとあるんだよね」
ほめられているのか、けなされているのか、よくわからない。
思わず「へ?」と言うと益美ちゃんがまた、笑う。
「ヒトは見た目だけで判断できないなぁ、ってコト」
「???」
シミジミ言われるが…それはある意味、あたしに対してってことだったりするわけか?
「はよ」
「あ、おはよ」
更科が、そうやって声をかけてきた。益美ちゃんが応じて、あたしも更科へと視線を向ける。
「おはよう」
そう言うと、更科がわずかに笑った。
――あたしは、知らない。
「克己が気付いてるかわかんないけど…更科君って克己のこと好きっぽいよねぇ」
…そんな予想を、益美ちゃんがしていることを。
――益美ちゃんの予想に春那ちゃんは肯定をしないけど…否定も、しなかったことを。
「更科君、年賀状かいた?」
「は?」
突然益美ちゃんにそうやって言われて、更科が若干妙な声を上げる。
その声がおかしくて、あたしは思わず笑った。
「…大森、笑うところか?」
「いや…だって、更科の声が妙で…」
答えたあたしに更科は「妙ってなんだ」と切り返しをする。
「あ、蘇我君って年賀状書く人?」
「はい?」
図書室から戻ってきたらしい眞清にも、益美ちゃんは問いかける。
いきなり言われたからか…内容が想定外だったのか…眞清がパチクリとしていた。
「いやー、あたしは一応書く方で、はるちゃんも書く人で…克己が来てから返事書く人って聞いたら、男の子はどんなモンなのかなぁ、って思って」
どうよ? と益美ちゃんが眞清と更科とを交互に眺める。
…もしや若干報道部モード? なんとなく取材態勢になってる気がするのは気のせいか?
「オレはせいぜいメールだよ。来てから返すくらい」
「僕も、来たら返すくらいですね」
「ふぅん」
益美ちゃんがちょっとばかり瞬いた。…ナニかのデータ蓄積中か?
「つまんないの」
「ナニが?」とか思ってしまったのは…あたしだけではなく、眞清と更科…もしかしたら春那ちゃんも…だったらしい。
「「「「……」」」」
なんとなく、互いに顔を合わせてしまった。
「とりあえず、克己にも出すから」
「ははっ。うん、わかった」
今からもう年賀状のハナシか、とか思うが…何気に来週の後半には、来年だ。
もうすぐクリスマスと、誕生日。
…イクとあたしの誕生日の間がちょうどクリスマスで、あたしの記憶がある中ではずっと、クリスマスに誕生日プレゼントを貰っていた。
だからウチにはサンタクロースが来たことはない。
サービス業…ホテルの従業員の父さんだけど、クリスマスだけは必ず休みを貰って、夕食に家族全員が揃う。
就職して一人暮らしをしているイクも25日は休みで、帰ってくると言っていた。
(イク…プレゼント気に入るといいけど)
ちょっと前に用意したプレゼントを思って、そんなことも思う。
ぼんやりしていたら朝のホームルームの時間になったらしい。
クラス担任の松坂さんが「ホームルームを始めまーす」と声を上げた。