「ごちそーさん!」
ガサガサと更科が買った分の袋からあたしが買ってもらった分を受け取る。
あたしは更科にパンと紙パックの紅茶…オレンジティーを買ってもらっていた。
二つを受け取った後、「あと、コレ」と更科が袋から小さな容器を取り出す。
「へ?」
もう貰うものがない予定がなかったあたしは若干妙な声を上げてしまう。
「ケーキじゃねぇけど」
言いながら、スプーンもくれる。
容器には『イチゴのムース』とシールがくっついていた。
「…ははっ。更科、案外甘いモノ食べるんだ、とか思ってたのに」
パンとお茶を持ったまま、笑ってしまう。
「笑うところか、ソコ」
更科の言葉に「いや…」と言いつつも、勝手に笑ってしまう。
「ありがと、な」
小さな容器とスプーンを手にしながら、礼を言った。…ダメだ。なんか、笑えてしまう。
目が合うと、更科が数度瞬いた。
「――ああ」
応じて、更科も笑う。
「じゃあオレ、そろそろバイトだから…っと…」
更科はケータイを出しつつ言った。更科のケータイは濃い目の青だ。ちょっとテカテカした感じ。
「大森、…あのさ」
「ん?」
若干改まった更科の雰囲気に、あたしは首を傾げる。
自分がケータイを買ってもらった所為か、なんとなく人のケータイを観察しちまうなぁ。
「番号…教えてもらっても、いいか?」
「? あぁ、ケータイ?」
あたしは「いいよ」とケータイを取り出す。まだまだ使い慣れてないけど、なんとなくもう『自分のモノ』って感じになってきていた。
「…おし、っと」
番号とアドレスを交換すると更科はケータイの時計を見たのか「うへ」と妙な声を上げた。
「ヤッベ。…そろそろ、行くな」
「おう、頑張れよ」
これからバイトらしい更科。あたしはひらひらと手を振る。
「袋、分けてもらわなくて悪かったな」
あたしの手を見ながら言った更科に「いいよ別に」と応じる。多分、すぐに捨てちゃうだろうし。
「じゃあな」
「また来年」
「おう!」
言いながらチャリに乗った更科の後ろ姿を眺める。
「…克己」
「あ?」
しばらく更科を眺めていたあたしだけど、眞清の呼びかけに振り返った。
「袋、入れますか?」
「え? …あぁ、コレ?」
手に持ったままのパンとオレンジティー、それから更科から貰ったデザートを示す。
頷いた眞清に、言葉に甘えて「入れてもいいか?」と問いかける。
「どうぞ」
広げられた袋の口から、それぞれを入れた。
眞清はパンとコーヒーを買っていた。「あまり腹が減ってない」と言っていた通り、それだけしか入ってない。あたしが紙パックのオレンジティーを買ってもらったから、眞清の袋がパンパンになってしまった。
「……大丈夫か?」
パンが潰れそうだ、とか思う。
「大丈夫じゃないですか? 学校ですぐ食べるんですし」
「そぉか」
並んで学校に戻りつつ、眞清と雑談する。
…今更気付いたが、さっきは更科とだけ話していたような気がした。
眞清と更科が話すこともなかった、と気付いた。
「――……」
何だかわからんが、もやもやとする。
「克己?」
眞清の呼びかけにハッとした。ちょっと、ぼーっとしてしまっていたようだ。
「なんだ」と応じて、そのまま雑談を再開した。
学校に着いて「教室で食うか」と話しながら靴を履き替えていたら新会長が歩いてた。
声をかけると「あら」と新会長が手を上げる。
「調子はどう?」
「元気」
ビシッと親指を立てて応じると若干の間があって、新会長が笑った。
「ならよかった」
なんで笑われたのかわからなかったが、眞清に「『テスト』のことじゃないんですか?」と言われて「あぁ」となった。
「ワシザワ、さん?」
名字がビミョー。ミヤコさん、って名前なのは覚えてるんだけど。
「ん?」
首を傾げつつも、気の強そうに見える新会長は応じてくれた。
笑うと、気の強い印象の目が細くなるからか、優しい…可愛い印象になる。
「もう昼ご飯食べた?」
あたしはそう問いかける。
「これから」という答えに「学生会室で食べたりする?」と続けて問いかけた。
頷いた新会長に、もう一つ問いかける。
「メシ、学生会室で食べてもいい?」
新会長はぱちくりとした。
「いいけど…」
「じゃあさ、一緒に食べようよ」
眞清は問答無用で。
更に瞬いた新会長に「話ししよ」と誘う。
「……そう簡単に答えは教えないわよ?」
『答え』とか『教える』って言葉に思わず「え?」と言ってしまう。
「あぁ、そっか」
ちょっと考えれば、なんのことかわかった。
新会長から出された問題の『答え』を簡単には『教えない』ってコトか。
…あたしは別に、そういうつもりはなかった。ただ。
「そういうの関係ナシにさ。色々話できたらな、って思って」
相手を知るのに、話をするってのは案外有効だと思う。
仲良くなりたいな、って思っていた。
冬哉さん達とちょっとは仲良くなれた気がしてたから…そんな調子で、新会長とも仲良くなれればな、と思って。
新会長が、瞬く。ふと、口元が綻んだ。
「オッケー。全然関係ないハナシしてあげる」
「ははっ。りょーかい」
やっぱ笑うと、新会長は可愛かった。
※ ※ ※
新会長と昼ご飯を食べつつ雑談した。
話してて思ったのは最初の印象通り、ハキハキしてるなってのを改めて。
それから…結構、男友達が多いっぽい。
「…友達というか…」
帰りの電車の中、新会長の印象を話していたら、ふと眞清が口を開いた。
「下僕みたいでしたね」
眞清の発言に思わず言葉を詰まらせてしまう。
「……そ、そうだった、か…?」
「僕はそう思えました」
淡々と言いながら頷く眞清に、新会長と一緒にいた副会長を思う。
…あと、副会長以外にも何人かいたが…もう一人の副会長以外、そういえばみんな男…だったな。今更気付いたが。
(下僕みたい…だった、か…?)
ちょっとばかり考える。
「…そうか?」
「――あくまで、僕が見たところ、ですが」
繰り返した眞清に「そぉか」と応じる。
最寄り駅に着いて、家に向かった。
話す内容は、やっぱ雑談。
眞清の方が先に家に到着する。
『先に』っつっても、三十秒もしないであたしも家に入れるけど。
「じゃあ…また、わかんなくなったら教えてくれ」
課題について…いつものことながら…頼むと「はい」と眞清が頷く。
「またな」と言うと返事を待たずに歩き出した。
「…良い年を」
届いた声に、あたしは振り返る。
「あぁ、良い年を」
そうやって応じながらも、「年内中に行くかもしんないけど」と続けた。
眞清が「そうですか」と少しばかり笑う。
「――克己」
「ん?」
眞清は呼びかけて…黙る。
なんだろう、と思ってあたしも立ち止まった。
眞清はしばらくして「いえ」と小さく呟いた。
「…なんでもありません」
「? そぉか?」
ちょっとばかり考える。「あ」と思って、あたしは眞清の元へ歩み寄った。
「眞清」
「? はい」
ケータイを構って、あたしの番号を表示する。この操作は、覚えた。何回か同じことしたから。
「用事あったら呼んでいいから」
番号を表示して、眞清に示す。
「…覚えろ、ってことですか?」
「眞清なら覚えられるだろ?」
眞清は数学に強い。…いや、他の教科も普通にあたしよりいい結果を出せるんだけど。
とりあえず、数字を覚えるのは不得意じゃないと思う。
眞清に手渡すと、眞清はケータイの画面を見下ろした。
一、二、三、四、五…眞清が「どうも」とケータイを返す。
「用事があったら、かけます」
「もう覚えたのか?」
自分から振っといてなんだが、驚いた。
次の瞬間、画面を見ないで眞清が言った数字…電話番号は、確かにあたしのケータイ番号だった。
「すごいな」
「僕なら覚えられると思ったんじゃなかったんですか?」
「素直に褒められとけよ」
ケータイを閉じて、眞清に言う。
「用事があってもなくても、呼んでくれていいから」
…いつもソレは、あたしがしていることだ。
だから――眞清も、そうしていい。
あたしは、眞清を引っ張り回して…利用している。
だから、…今更かもしれないけど、眞清だってあたしを利用していいんだから。
「わかった?」
問いかけると眞清は一度、目を伏せる。
「…わかりました」
そう言って、眞清はふわりと笑った。