毎年わりとのんびり過ごす冬休み。
クリスマス&ニューイヤーカードの返事を書いたり、バースディカードのお礼を書いたり…。
いつもと違うのは、今年はあたしがケータイを持ったことで、たまに電話やメールが来たり、こっちからメールを送ったりしたことだった。
年明けにも年賀状じゃなくて、メールが何通か来たりとか。
…と。
年明けの二日、あたしは眞清の家に挨拶に行った。
『あたしは』っていうか、正確には『あたし達は』かな。
母さんとあたしと二人で、挨拶に言った。
ウチの母さんと眞清の母さんがわりと仲がよくて、去年もこうやって挨拶していた気がする。
父さんもイクも今日は仕事で明日が休みで…年が明けて初めて、家族四人が揃う。
「こちらこそ、今年もよろしくお願いします」
深々と頭を下げる母さんと眞清の母さんと。二人の挨拶が済むと、眞清が顔を出した。
「あけましておめでとう」
手を上げつつ言うと、眞清がいつもの顔で「おめでとうございます」と応じる。
タートルネックの、紺とクリーム色のボーダーの上に明るめの灰色パーカーを着たあたしと、青みがかったグレイのセーターを着ていた眞清。
新年早々若干色合いが似てて笑えた。
「今年もよろしくな」
年賀状の代わりに、面と向き合って挨拶をする。
「はい、よろしくお願いします」
応じた眞清に「なぁ、眞清また数学教えてもらってもいいか?」と問いかけた。
「構いませんよ」
あっさり頷く眞清に「いついい?」と訊くと「別に…今日の午後でも」と応じる。
「じゃあ…午後、また来ていいか?」
「はい」
頷いた眞清と一旦そこで別れて、午後に邪魔することにした。
眞清の言葉通り、午後になってからまた眞清の家に邪魔させてもらって。
客間で数学の課題のわからんところを教えてもらって、雑談して…。
課題が終わってから眞清に「日本茶と紅茶とコーヒーとココアとどれがいいですか?」と訊かれて、紅茶を頼んだ。
「アップルティーですがいいですか?」というのに頷くと眞清が出ていく。一人、客間で待ってると…しばらくしてから戻ってきた眞清が紅茶と一緒に「これ」と小さな袋を差し出した。
「? なんだ?」
眞清が差し出したのは細長い紙袋だった。
マグカップに入った紅茶を受け取ると、指先を温める。
フワリと湯気が立ち上った。眞清の手元にもマグカップがある。色からして、多分コーヒーだ。
眞清が差し出した物に、冗談で「お年玉?」と訊いたら「いいえ」と眞清が否定する。
「今更…なんですが、誕生日プレゼントということで」
――眞清の言葉は、ある意味お年玉より想定外だった。
「………は?」
思わず妙な声を上げてしまう。
問いかけたあたしに「「は?」ってなんですか」と眞清が切り返してきた。
机の上に置かれたままの細長い紙袋を眺め…それに手が出せないまま「なんで?」と問いかける。
ちょっとの間があった。
客間は和室で、ストーブが焚かれている。設定温度に達したのか動いている様子はない。
なんとなく沈黙が支配する。正月の住宅地は、静かだ。
「理由が、要りますか?」
眞清の問いかけにあたしは瞬いた。
贈り物に、理由…。
(あるとすれば)
自分に当てはめて、考える。
誰かに何かをあげたい、と思う。――贈り物をしたいと、思う。
(――自分がしたいだけで、相手に喜んでもらえれば尚いいってハナシで…)
「…いや」
眞清の問いかけにそう応じる。ふと、眞清が笑った。いつもの胡散臭い笑みで。
「よかったら使ってください」
眞清はそう言って、手元のコーヒーを飲む。
「…開けても?」
問いかけると「どうぞ」と応じた。
紅茶の入ったマグカップを机に置いて、細長い袋に手を伸ばす。
紺色の袋で、ひっくり返すと多分店の名前の金色のシールが貼ってあった。
開けて、中身を取り出す。
「…ストラップ」
「はい」
手元のストラップと、眞清とを交互に眺める。
「…お前が買ったのか?」
「僕が買わなければ誰が買うんですか」
そう言われれば、そうなんだが…。
あたしは手元のストラップに視線を落とした。
大まか黄緑と黄色とオレンジで配色されているビーズのストラップだ。
紐は濃い緑…ダークグリーン。
「へぇ…」
ビニール包装されているストラップを目の高さに持ち上げる。
色はカラフルだが、「カワイイ」ってカンジのデザインではない。
「ありがとな」
あたしはストラップから眞清に視線を移して、言った。
…今はケータイを家に置いたまま、持っていないから付けられない。
「帰ったら早速付けさせてもらうから」
それを告げると「はい」と眞清が頷く。
やっぱり眞清にも誕生日プレゼントの準備、決定だな。
そう思いながら、もう一度眞清を見た。
「ありがとう」
繰り返すと、眞清が数度瞬く。ふわりと――笑みを浮かべる。
「どういたしまして」
…その笑みは、いつもの胡散臭い笑みではない…穏やかな瞳で。
それから互いにマグカップの中身を飲んで、別れた。
言葉通り、早速帰ったらケータイにストラップを着けた。
シルバーの、何も着いてなかったケータイにストラップが付くとまた「自分の」っていう愛着がわいた…気がした。
※ ※ ※
「あっけましておめでとーっ!」
元気でテンション高い益美ちゃんの声。あたしは振り返る。
サーモンピンクのVネックのセーターを着た益美ちゃんの姿が映った。「おはよ」と言ってから「あけましておめでとう」とも続ける。
「年賀状、ありがとな」
益美ちゃんと春那ちゃん…あと何人か、元旦に年賀状が届いた。
「んーん。克己もありがとね」
益美ちゃんから年賀状を貰ったあたしは、一応その日の内に年賀状を返していた。
予想通りというかなんというか…十日間の冬休みはあっという間だった。
毎年のことながら、冬休みはのんびりと過ごした。
「ねぇねぇ克己」
「ん?」
「込んでなければ、初詣とか行ける?」
益美ちゃんの問いかけにあたしは瞬いた。
「うん…まぁ、込んでなければ」
頷いたあたしに益美ちゃんの表情がパッと輝いた。…気がした。
「じゃあさ! 時期ズラして来週? とか行かない?!」
座ったままのあたしは益美ちゃんを見上げる。
益美ちゃんが可愛くて、思わず笑った。
「いいよ。行こうか」
あたしが頷くと益美ちゃんは「イエス!」と拳を握る。
「っつーわけで眞清もな」
「はいはい」
流れるように眞清も誘った。若干投げやりな態度だが、眞清も頷く。
「はるちゃんの都合はどうかな〜? …って、そういえばはるちゃんまだ来てないね?」
「そうだな」
とは言っても、春那ちゃんがくるのは大体今くらいの時間。
電車の時間の都合であたしと眞清は益美ちゃんと春那ちゃんに比べれば学校に着くのが早い。
「おはよう」
噂をすれば…で、春那ちゃんが来た。
コートを脱ぐと、ハイネックの、フワフワと柔らかそうな手触りに見える淡いクリーム色の服を着ている。
「あ、あけおめ!」
テンション高いまま、益美ちゃんは言った。「おめでとう」と少しだけ春那ちゃんが笑う。
あたしも「おはよ」と言うと、春那ちゃんもまた「おはよう」と応じた。
早速初詣に誘う益美ちゃんに、春那ちゃんが「いいよ」と頷く。
「じゃあ来週の土曜日ねっ!!」
「ってーと…」
何日だ? と考える。益美ちゃんがパパッとケータイを取り出し、操作した。
「18日かな」
「ん、りょーかい」
覚えておかないとな。
流石に中旬にもなれば、初詣客も少ないだろう…というのが益美ちゃんの考えらしかった。
人が少ないのは、ありがたい。
あたしは知ってる人間でも未だに背後に立たれるのが苦手だから…知らない人間だと尚のこと苦手だったりした。
「蘇我君だけ男の子じゃ寂しいかな? 誰か誘う?」
「…いえ、別に僕はどちらでも」
益美ちゃんの問いかけに眞清は立ち上がりつつ応じた。
多分、図書室に行くんだろう。
眞清の答えに「そう?」と言ってから、ふと益美ちゃんが笑った。
「ハーレムだねっ!」
「……」
眞清が一度、二度、三度…と、瞬く。
いつもの胡散臭い笑顔のまま、応じた。
「そうですね」
図書室に行くことを、あたしと目が合った眞清は本を軽く上げて示す。
「おう」と軽く手を上げて応じると、眞清は教室を出て行った。
眞清はドア側の一番後ろの席。
すぐに教室の外に出て、姿が見えなくなる。
「…全然動じないね、蘇我君…」
益美ちゃんの呟きにあたしはなんとなく笑ってしまった。
「そーいえば、動揺した眞清って…思いつかないな」
「ウソ」
益美ちゃんが何故か食いつく。
益美ちゃんの食いつきっぷりにちょっと驚きつつも、頷いた。
「え? だって克己…ずっと一緒にいるよね? 確か、中学の時も一緒にいたんでしょ?」
「んー…と、そうだな。中学三年の夏休みくらいから…だな」
…一年以上、経ったのか。
今更そんなことを思う。
春になれば…眞清が「背中になる」と言ってくれてから、一年経つんだな。
(あれから…二年になるんだ)
不思議な気がした。
――レオンと離れて…二年になるのか。
我知らず、服に…横っ腹に爪を立てる。
――レオンは今も、泣いているのだろうか。
泣いてほしくない。…どうせなら、笑ってほしい。
――でも…傍には、居られない――。