「克己ちゃん?」
春那ちゃんの呼びかけにハッとする。…しまった、若干思考が飛んでしまっていた。
「ん?」
「アドレス、変えたね」
「あ? あぁ…そうだな」
あたしはこの冬休みにメールアドレスを変えてみた。
イクに教わりつつ、一緒にアドレスを考えつつ。
結局『big-forest.self-restraint.』にしてみた。
大森、克己…を、英文にするとこんなん? って感じで。
「あれってもしかして『大きな森』と『己に克つ』ってカンジ?」
「そうそう」
あたしは「フルネーム」と自分を示す。
「『big-forlest』で「え?」ってなってさー。『self-restraint』の意味調べちゃった」
笑いながら言う益美ちゃんに「そうなのか?」と首を傾げる。
アドレスと番号を教えた人には、メールでアドレス変更したことを連絡していた。
「わたし、兄さんに言われて気付いた」
「ある意味分かりやすいだろ?」と言うと、春那ちゃんは少しだけ笑う。
「ふふ…兄さんもそう言ってた」
「ははっ」
あたしは、春那ちゃんの兄貴…冬哉さんとも番号とアドレスを交換していた。
当然冬哉さんにもあたしがアドレス変更したことを報告したわけで…兄妹でちょっとしたネタになったんだろうか。
「え、はるちゃんのお兄ちゃんともアドレス交換したの?!」
…と。益美ちゃんに驚いたような声を上げられてしまった。
「ん? …あぁ、うん、まぁ…」
益美ちゃんの驚いたことに驚きつつもあたしが頷くと「なんで?」と切り返されてしまう。
「…? え、なんでって、なんで?」
変だろうか?
「いつの間にそんなに会長さんと仲イイの???」
「あ」
益美ちゃんの問いかけにあたしは思わず声を上げた。「まぁ、多少は」と続ける。
…益美ちゃんに、あたしと眞清が学生会室に会長から空間…支部室を作ってもらったことを言ってない。
「…克己ちゃんの『居場所』の相談乗ってから、なんとなく」
春那ちゃんがさらっとフォローしてくれる。
元会長…冬哉さんの妹である春那ちゃんは支部室があることを知っていた。
益美ちゃんは春那ちゃんの答えにしばらく瞬いて「あ、そっか」と手を打つ。あたしが入学してからすぐ、そんなようなことを言ったことを思いだしたらしい。
…というか、ある意味では会長へのツテを教えてくれたのは益美ちゃんだ。
それから「そうなんだ」と頷いた。
「ちゃんと相談乗ってくれたんだね、会長」
「あぁ、いい人だよ」
あたしが頷くと春那ちゃんがわずかに目を細めた。そんな様子に気付いて思わず視線を向けると、春那ちゃんが少しばかり苦笑する。
「…家族を褒められると、なんか照れるわね」
そう言った春那ちゃんは…勝手な想像だけど、冬哉さんのことが自慢の兄貴なのかな、なんて思った。
「はよ」と…更科の声がする。
「あ、おめでとー」
益美ちゃんが挨拶すると「あ、おめでと」と更科が応じた。
「おはよう、更科」
目が合うと、黒いダウンジャケットを脱いでいた更科が笑う。
「…はよ。大森、メアド変えたな」
「あぁ、分かりやすいだろ?」
更科にそう応じると「あれってもしかしてフルネーム?」と更科に聞き返された。
「そうそう」
「…ある意味、変えようのないアドレスにしたな」
そもそもそんなにちょくちょくアドレスを変える気はないが「まぁ、しばらくは変えないだろうよ」と応じた。
「あれ…そういえば克己、ストラップつけたんだね」
「あ? …あぁ、これな」
あたしは益美ちゃんが見つけたケータイ…ストラップのついたケータイを取り出す。
冬休み前は、ストラップをつけてなかったケータイ。
「冬休み中に貰ったんだ」
言いながら、冬休みを…年明けの正月を思いだした。
ストラップを貰った時のことを。
「…誰から?」
ちょっとばかりぼんやりしていて反応が遅れた。
問いかけにあたしは瞬く。それは、更科からだった。
「彼氏?」
冗談めかして益美ちゃんが続ける。益美ちゃんの言葉にあたしは苦笑した。
「いないって。…眞清からだよ」
益美ちゃんと更科と、二人にそう応じる。
益美ちゃんが「へぇ」と呟いて、更科が黙ったまま瞬いた。
「あ…蘇我君!」
「はい?」
図書室から帰ってきた眞清に、益美ちゃんが問いかける。
「あのストラップ、ドコで買ったの?」
あのストラップ、と言いつつあたしのケータイの方を示す。
「あぁ…ネットで」
「ネット?!」
衝撃を受けていた。…益美ちゃんが。
「ネット…ネットか…」
ブツブツと独り言のように呟く益美ちゃん。…どうしたんだ?
――と、チャイムが鳴る。
(これでまた三学期開始、か)
そんなことを思っていると松坂さんの声が聞こえた。あたしは前に向きなおる。
前を見ると更科がまだ横向き…いくらかこっちを向いていた。
目が合って…逸らされないままで、あたしは思わず「なんだ?」と更科に問いかける。
「――いや…」
小さく言って、更科は前に向き直る。
更科の背中を眺めながら「なんだ?」と…声にしないまま…思った。
※ ※ ※
「大森」
「? あ、こんちは」
呼びかけに振り返ると、呼びかけたのは野里さんだった。挨拶すると「よぉ」と笑う。
一緒にいた眞清もまた、立ち止まった。
今日もまた、新会長からのテスト…鷲沢さんの好きな人探しをしようと思っていた。
とりあえず文系の部活…美術部に知り合いがいるから、美術部の面々に話を聞かせてもらおうと思って、美術室に向かおうとしていたところだった。
「大森さん」
また呼ばれて「ん?」と振り返る。今度は女の子…。
「あ、会長」
新会長――鷲沢さんだった。
これから…鷲沢さんから出題されたから、とはいえ…鷲沢さんの好きな人を探ろうとしていたから、ちょっとだけドキッとする。
会長に、野里さんが「おや、美弥ちゃん」と声をかけると、若干目を細めて、ついでにしばらく間を置いて「コンニチハ」と応じた。
「うわ、カタコト」
くくっと野里さんが笑う。…どーも、鷲沢さんは野里さんに厳しいというか、素っ気ないというか。
(会長ってなんとなく涼さんに似てる感じがするけど…この辺もそう思わせんのかな)
こっそりそんなことを思っていると「アドレスありがとう」と言う。
冬休み前に雑談して、その時に会長ともケータイの番号とアドレスを交換していた。
「あぁ、前より分かりやすくなったろ?」
あたしがそうやって聞き返すと「大きな森、克己…だもんね」と少しばかり笑う。
「え、そんな意味?」
ひそっとした野里さんの声が聞こえた。
その言い様じゃ、まるで気付いてなかったみたいじゃないか。…もしかして、気付いてないってか見てないってハナシだったりするんだろうか…。
「…野里さん、見てくれよ。ちょっとくらい」
「変更了解、登録…だけだから、見ねぇよ」
野里さんとも、ケータイの番号とアドレスが交換してある。
「……野里さん、大森さんの番号知ってるの?」
「「おう」」
野里さんとあたしはほぼ同時に頷いた。
自分で言うのもなんだが、結構息が合ってて思わず野里さんに視線を移してしまった。
野里さんもあたしを見て、なんとなく互いに見つめ合うカンジになる。
…ってか、若干睨み合い?
「…何をしてるんですか…?」
ポソリとした眞清の問いかけに野里さんが「いや、目ぇ逸らしたら負けかな、っと」とか応じる。
…なんかあたしと似たようなこと思っていたらしい。
妥協というかなんというか…とりあえず睨み合っててもどうしようもならないし、あたしは野里さんから視線を外した。
「――?」
会長に視線を向けると、なんとなく見られていたようなカンジがした。
「会長?」
声をかけると、会長は数度瞬く。ちょっとばかり、はっとしたようなカンジになった気がした。
「…今の考えでいくと、大森さんの負けね」
会長がそう言うと野里さんが「おっしゃ」と拳を握ってちょっとばかり掲げる。
「…まぁ、なんの足しにもならないでしょうけど」
「美弥ちゃん、手厳しい〜っ」
そう言いながらも、野里さんは笑っていた。
…もしかして会長に「ナニやってんだこの二人は…」とか思われていたんだろうか。
さっきまでの視線に、そんなことを思う。
「そういえば野里さん…そろそろセンター試験じゃないんですか?」
会長はそう、野里さんへと問いかける。
野里さんは会長の問いかけに「ん?」と数度瞬いて「ああ」と小さく声を上げた。
「おれ、センターは受けないから」
「……え」
会長が少し驚いたような声を上げる。
「就職組?」
センター試験って…確か大学受験する人は受けるテスト…だったよな。
そう思って問いかけると「うんにゃ」と首を横に振る。
「専門学校いこうと思ってる」
「へぇ」
何の専門学校行くのかな、なんて頭の隅で思っていたら「あたし」と会長が口を開いた。
「…野里さんは涼先輩と同じ大学に行くかと思ってました」
会長の言葉に野里さんは「あー…」と声を上げる。
「行けたらよかったんだけどな」
そう言って、少しばかり笑った。
――改めて、野里さんは『隠してないんだな』って思う。
野里さんが、涼さんを好きなことを。
…前、学生会室で居眠りしていた涼さんを見つめていた野里さんに思わず問いかけた。『好きなんだ?』って。野里さんは、その時も普通に『そうだな』と肯定をした。
…涼さんは、野里さんが涼さんを好きなことを知っているんだろうか。
知っていて――ちょっとばかり手厳しい態度を取っているのだろうか。
(一回…ちゃんと聞きたいな)
ぼやかして聞いたことはあった。
だけど…涼さんに面と向かって『野里さんが涼さんのこと好きなこと、知ってる?』とは聞いたことがない。
「頭が追いつけなかったですか?」
「イテェトコロだねぇ」
会長のざっくりした問いかけに野里さんは苦笑を見せる。
しばらく笑ってから「まぁ」と、口を開いた。
「ずっと、一緒にはいられないし」
野里さんのさらりとした一言は…妙に重みを感じた。
…ずっと、一緒にはいられない。
それは…あたしもだ。
あたしも、眞清とずっと一緒にいられる…わけではない。
「――……」
沈黙が、その場を支配する。
視界の隅に映った存在に、あたしはなんとなく顔を上げた。