「――涼さん!」
ある意味話題になっていた存在――涼さんがこちらに顔を向ける。
軽く手を上げると、涼さんがこっちに近付いてきた。
「あけましておめでとう」
「…あ、おめでとう。今年もよろしく」
歩み寄った涼さんに言われて、応じた。
「そういえば、野里さんと会長も今年初だったな。今年もヨロシク」
今更かもしれないけど、野里さんと会長にもそう挨拶をする。
「そーいやそうだったな。あけおめーっと」
野里さんがそう言うと、会長も「今年もよろしく」と少しばかり笑う。
会長はあたしから涼さんに視線を移した。
「涼先輩、あけましておめでとうございます!」
「おめでとう」
応じた涼さんに会長は嬉しそうに笑う。
その表情に、本当にスキなんだなー、って思う。
(…答え…涼さんだったりするのかな?)
なんだかんだで、会長からの『テスト』の答えを言ってみたことはなかった。
(ダメ元で、会長の好きな人は涼さん…って言ってみようかな)
そんなことを思っていると、涼さんが野里さんに視線を移して「野里も」と付け足すように言った。
「おう。今年もヨロシク」
ニッと笑った野里さんに涼さんは「…卒業までね」とボソリと付け足す。
「ヒデェ! 卒業で縁もブチ切れかい!!」
野里さんに対して涼さんは言葉で答えず、ため息みたいな吐息で応じた。
「涼…冷たいなぁ…」
「気のせいじゃない?」
あっさり応じた涼さんに「マジか」と野里さんは笑う。
…それは、さっきまで見せた苦笑っぽい笑顔じゃなく…ちゃんと、笑顔で。
(やっぱ野里さん、隠してないなぁ…)
涼さんを好きなことが、他人であるあたしでもわかった。
ふと、思う。
(…まさか会長…涼さんがスキだから、野里さんがスキじゃない、のか?)
まさか、涼さんをスキなライバル…的なカンジで。
(うぅーん…)
仮定だが――自分としてはビミョーに納得できてしまって、あたしはチラリと会長を見た。
会長は野里さんと話す涼さんを…二人を見ていた。
「…あ、大森さん…」
「ん?」
野里さんと話していた涼さんが、ふとあたしに呼びかける。
「ストラップ、つけたのね」
「え? あぁ、これな」
ポケットに入れたままのケータイ。ストラップだけがポケットから外に出ていて、多分見えたんだろう。
「貰ったんだ」
ケータイを引っ張り出して、涼さんに見せる。
「…キレイね」
カラフルだけど『カワイイ』って感じの甘いデザインではない。
涼さんに「あぁ」と頷きつつ、思わず笑ってしまっていた。
「なんだ? 男からか?」
妙に笑っている野里さんに問いかけ。…その笑顔の意味がわからん、と思いつつも眞清は男だったから「ああ」と頷く。
「眞清から」
眞清を示して言えば、野里さん…涼さんが言葉なく、瞬いたのが見えた。
(…え、なんだこの間は…)
「…ちなみにドコで買ったの?」
会長が眞清に、益美ちゃんと同じような問いかけをする。眞清は「ネットです」と、当然ながら同じ答えを返した。
「「「へぇ」」」
三人がハモる。
(…なんだ?)
思わず首を傾げるが…話題転換するように、野里さんが「ストラップ…そろそろヤバイんだよな」と呟いた。
「なんかいいのないか、涼」
「…なんであたしに振るのよ」
にこにこしたまま野里さんが「ん? なんとなく」と続ける。
野里さんに対してなのか、涼さんはため息をつく。
「…試験前に余計なこと考える余裕はないわ」
続いた言葉に…『試験』という言葉にあたしは反応してしまった。
「…あ、そっか。涼さんはセンター試験? 受けるのか」
「えぇ」と頷いた涼さん。…そういえば、さっき会長も「涼さんと同じ大学」とかなんとか…野里さんに言ってたな、と思いだした。
「そろそろ?」と訊くと「来週の土日」という答えが返ってきた。
「あ…ほんともうすぐなんだな」
来週の土日…と言ったら、益美ちゃん達と初詣に行く頃じゃん。
「応援してる」
あたしはぐっと握り拳を作って、告げる。涼さんは少しばかり瞬いて、ふと笑った。
「…ありがとう」
…やっぱ笑うとぐっと優しい印象になる涼さん。
日頃がピシッと、委員長みたいな感じだから余計にそう思うんだろうか。
「涼先輩! あたしも応援しますから!!」
祈るように軽く指を組んだ会長も続ける。
「おれも応援してっから」
野里さんもそう言うと、涼さんは会長と野里さんとを、交互に眺める。
そして涼さんはもう一度、笑った。優しく、柔らかな笑みで。
「ありがとう」
涼さんの笑顔に野里さんもまた、笑う。――嬉しそうな笑顔で。
「…顔緩んでますよ」
ポソリと会長が言った。
「お? おぉ? そうか?」
会長のツッコミにも野里さんは動じない。
「まぁ、頑張るのは結局自分だけどね」
涼さんの一言に「ま、そーだな」と応じて、野里さんはまた笑う。
「けど…ほら、なんか応援パワーがついてくるかもしれねぇし」
『応援パワー』に対してか、涼さんが「ナニソレ」とまた、少しばかり笑う。
笑顔を浮かべた涼さんに、野里さんもまた笑う。
…野里さんの涼さんを見つめる瞳はとても穏やかだった。
「なぁ、会長の好きな人って涼さんだったりするかな?」
…会長と、野里さん…それから涼さんと雑談した後、文化系の部活でちょっと仲がいい…と、あたしは思っている…美術部の面々にも会長のことで話を聞いてみた。
美術部の二年生の一人が会長と同じクラスで、ちょっとだけ話が聞けた。
会長の『涼さん好き』は結構有名…というか、バレバレというか、らしい。
美術部の面々に訊ねたことを、眞清にも言ってみる。
「…一度言ってみればどうでしょう?」
「…だな」
眞清の言葉にあたしは頷く。
眞清は何か考えるように瞬いていた…けれど、あたしは窓の外を眺めていて、気付かなかった。
※ ※ ※
「残念。不正解」
会長にテストの答えを言ってみたら、ハズレ宣言をされてしまった。
『…会長の好きな人は、涼さん?』
そう、言ってみたんだけど。
「ダイスキよ、涼先輩。…でも、今回の問題の意味では違う」
「…そっか」
うぅーん、とあたしは唸る。
眞清は今、いなかった。
少し用事がある…とか言って、もし待ってるなら学生会室にいてくれ、とも言われた。
一学期とか二学期…あたしが用事があった時、眞清は待っててくれた。
だからあたしも、一応待つつもりでいる。
学生会室には今はあたしと会長の二人しかいなかった。
覗き見ると、結構副会長とか…役員なのかな? 名前を覚えてないけど、男がいたりとかすることが多かったんだけど。
今日は、会長一人。
「そういえば会長、『本部』って取らないの?」
「え?」
首を傾げた会長に「あれ」と入口の方を指先で示す。
ドアの上…出入り口には『学生会室』というプレートがあるんだけど、その『室』の部分に紙に『本部』と書いて貼ってある。紙を張ったのは野里さんらしい。と、涼さんか冬哉さんに聞いた。
「あぁ…そういえば、そうね。まぁ、そのままつけとくんじゃない?」
「結構アバウトだな」
思わず笑ってしまった。
会長は「そう?」と言って、ケータイを机の上に置いた。
なんとなく、会長が出したケータイを眺める。
「…?」
なんか、見覚えがあった。
…いや、ケータイって基本的な形が同じだから、そんなに奇抜なケータイなんて見たことないんだけど。
「あ」
思わず声を上げる。
いきなり声を出したあたしに会長が「え?」とちょっと驚いたみたいだった。
「あ…わり、驚かせるつもりはなかったんだけど」
あたしは謝ってから、問いかける。
「会長のケータイって、野里さんと同じヤツ?」
「…え?」
「違う? なんか、よく似てるなって思ったんだけど」
野里さんと番号を交換した時に見たケータイ。
折り畳み式で先端部分が黒、開閉する番部分が赤…の二色のケータイだった。
会長のケータイはシルバーとピンク…という女の子らしい色合いだけど、二色っていうのと、外側のほぼ正方形な液晶のカンジとかが似ている気がした。
色違いかな? とか思ったんだけど。
あたしの問いかけに「さぁ…」と会長は瞬いた。「とりあえず」と言葉を続ける。
「ストラップは涼先輩とお揃いだよ」
「あ、そうなんだ」
そう言われれば…と涼さんのケータイ…ストラップを思い起こしてみる。
刺繍糸とは違うかもしれないけど…糸を縛って、飾り紐みたいなヤツだ。
チャイナ風というか…なんか、アジアンテイストなカンジ。
会長のストラップを観察しつつ、涼さんのストラップも確かにこんな感じのだったかも、と思った。
「ってか、コレ涼先輩の手作りなんだ」
そう続けて、嬉しそうに会長が笑う。
会長の言葉を自分の中で繰り返して、「え、手作り?!」と声を上げてしまった。
驚いたあたしに「うん」と会長は頷いて、続ける。
「涼先輩のストラップ可愛いですねー、とか言ったら「作ったヤツなの」って言ってさ。…更には作ってもらっちゃった♪」
会長はそう言って、嬉しそうに笑った。
…本当に好きなんだな、涼さんのこと。
会長からのテストとして…『会長の好きな人』とは違うらしいけど。
「失礼します」
その声にあたしは振り返り、会長も顔を上げた。
声から判断した通り、ドアを開けたのは眞清だった。
「お、眞清」
あたしが手を上げると眞清は少しばかり目を細めた。「いたんですね」という声が聞こえて「おう」と頷く。
「…当たってましたか?」
続いた問いかけに「ハズレ」と応じたのは会長だった。
「残念。涼先輩はダイスキだけどね。今回の問題の答えとしては、違うよ」
にっこりと会長が笑った。
眞清があたしの斜め後ろに立つ。
「帰るか?」と声をかけようとして顔を上げたら、眞清が口を開いた。
「…じゃあ、野里先輩ですか?」
「――へ?」
あたしは思わず妙な声を上げてしまった。
何のネタなのか分からなくて。
「…え?」
ソレは会長も同様だったのか、ちょっと目を丸くして眞清に聞き返す。
眞清は視線を会長に向けたまま、続けた。
「今回、隣の部屋を使わせてもらうのにあたって出題された問題の答え…」
誤魔化されない、と言わんばかりに眞清は丁寧に前置きをする。
「『会長の好きな人』というのは野里亮太先輩ですか?」
眞清はそう、会長へと問いかけた。