「おいっすー!」
――と。
突然ドアが開いて、思わず振り返った。会長も発信源に向かって顔を上げた。
眞清がゆっくり振り返る。
「あ?」
あたしを含め、三人の視線にドアを開けた男…なんて名前だったかな、確か副会長だってのはわかるんだが…がちょっとばかり首を傾げた。
「梶原、今日はいいわ」
会長が男…梶原、らしい…に声をかけると「ん?」と副会長がまた首を傾げる。
「ちょっとこの二人と話があるから…今日は帰っていい」
会長の言葉に副会長は瞬いて、あたしと眞清とを交互に眺めた。
最後に会長を見る。
「…明日は?」
「明日は…普通に、顔出して」
会長の言葉に「わーった」と副会長が頷いた。
それからあたしと眞清とを交互に見た…気がした。副会長は会長に視線を戻す。
「イジメんなよ?」
会長を指差しつつ言った副会長に、「あんたじゃないから大丈夫よ」と会長は肘をついて、組んだ手の上に顎を乗せた。
「ドッチの『大丈夫』だっての」
「あんたが相手だったらヤるかもしれないけど、ってハナシ」
副会長は「ヒデェ」と言ってから、ドアに手をかける。
「会議中、とでもかけとくか?」
ドアを閉めかけつつ、副会長は言った。
副会長の提案に「あー…そうね」と頷きながらも、会長は問いかける。
「…でも、そんな看板あるの?」
副会長はあっさり「知らね」と応じた。学生会室に入ると「紙に書いて貼っとけば分かるだろ?」とも続けた。不要そうな裏の白い紙に『会議中!!』とデカデカと書く。
丸っこくて、外見に反した可愛い字を書いた。
ちなみに副会長は髪を染めてて…根元が黒くて、毛先は金に近い茶髪…ピアスもしている、見た目だけならちょっとハデっぽいヤツだ。
「…それはそうね」
「おし、っと…じゃ、お先」
セロハンテープを2回切って、紙の上に2ヶ所貼りつける。
「じゃあね」
会長が手を上げると、副会長も軽く手を上げた。ドアを閉めてしばらくすると会長が一つ息を吐き出す。
ため息に、副会長が出て行ったドアを眺めていたあたしは視線を戻した。
「……座って?」
会長は眞清に椅子を示す。眞清はあたしの左隣に腰を下ろした。
会長はまた、息を吐き出す。
「ちなみになんで、そんな風に思ったの?」
深いため息の後の問いかけに眞清は「なんとなくです」とあっさり答えた。
「アバウトだな」
あたしは思わず突っ込んだ。
「…適当なの?」
「ある程度は調べさせてもらいましたよ? 使える可能な手段を全て使って」
眞清の答えに会長が息を呑む…が、ある意味あたしも息を呑んだ。
『眞清の使える可能な手段、全て』
…いったいどんな手段を使ったんだ、眞清…。
あたしも一応、『会長の好きな人って知ってる?』って、聞き込みはしたけど…あたしと一緒にいない時にも、聞き込みをしていたんだろうか。
あたしと眞清は結構一緒にいるが、ずーっと一緒にいるわけでもない。
…眞清が図書室に行ったりした時に情報収集をしていたのだろうか。
正直、眞清の『使える可能な手段全て』はわからないまま…あたしは眞清から会長へと視線を戻した。
会長は…視線は眞清へと固定したまま…ゆるゆると瞬いている。
「僕は貴方本人ではありませんから。『好きな人は誰でしょう?』なんていう問題の答えは結局『なんとなく』でしかありません。――仮に、正解だったとしても」
眞清はそう言うと真っ直ぐに会長を見返した。
あたしは単なる傍観者状態になる。口を挟めない。
「自信がありそうね?」
眞清に対して会長はちょっとばかり笑った。笑う会長に対して、眞清もまたいつもの『何を考えてるか分からない』笑みを浮かべて応じる。
「さぁ? …ただ、僕は推理小説は好きですよ」
会長と眞清が見合っている。
――先に視線を外したのは会長のほうだった。
顎を乗せていた手に額を当てる。――表情が見えなくなった。
「…問題を出したのあたしだしなー…」
呟きにあたしは瞬いた。
会長は顔を上げると、眞清とあたしとを交互に眺める。右手で隣を示した。
「…隣、使っていいよ」
あたしが思わず「え」と声を上げると、会長は「わからない?」と小さく言う。
「…蘇我君…正解したから、隣使っていいよ」
あたしは会長の言葉に瞬いた。
『会長の好きな人は誰でしょう』
――それを当てるのが、継続して隣の部屋を使わせてもらう条件。
眞清の答えが当たっている、ということなら…それは、つまり…。
「会長、野里さんのこと…?」
思わず口に出してしまっていた。
問いかけるようなあたしに、会長はちょっとばかり肩をすくめる。
「…候補者にもならないと思ったんだけどな」
――それが、会長の答えだった。
「眞清、どっから情報仕入れてきてたんだ?」
帰りの電車の中、眞清に問いかけると眞清は数度瞬いた。
しばらくの間をおいて「まぁ、ポツポツと」なんていう眞清の答えに「…情報源は秘密か」と思わず唸る。
「使えそうなモノは何でも使っただけですよ」
(ソレがナニかがわからない…)
『眞清の使える可能な手段、全て』の『全て』って…。
(どんな情報源があるんだ、眞清…)
そんなことを思う。
眞清には、どんな繋がりがあるんだろう。――まぁ、何気に同中のヤツもいたりするしな。眞清には眞清なりに…あたしの知らない『繋がり』があるんだろう。
我知らず息を吐き出した。なんの吐息か自分で分からなかったが、あたしは口を開く。
「正直、意外だったな」
「? …あぁ、『テストの答え』ですか」
あたしの言葉に応じた眞清の呟きに頷く。
「…ってか、眞清はドコでそう思ったんだ?」
見る限り…会長の態度は涼さんの野里さんに対する態度とよく似ているように思えて、だから「好きじゃない」のかなぁ、なんて思っていたんだが。
「…勘、でしょうか」
「勘か」
意外だ。眞清は理詰めで答えを出して行くかと思っていたんだが。
「…手に入った情報を元にして…最終的には、勘です」
あたしの思考を読んだかのように眞清は付け足す。
「――態度が感情の全てとは限らないと思いますよ」
眞清の言葉に、窓の外を眺めていたあたしは視線を眞清へと戻した。
「…ほら、嫌よ嫌よも好きの内…とか言いますし」
あたしは眞清を見つめたまま、その言葉を聞いた。
「……」
眞清の口から『嫌よ嫌よも好きの内』が出てきたのがちょっと意外だった。
…というか。
「…くっ」
――なんか、笑えた。
「笑うところですか?」
「や…悪い…」
謝りつつも、笑いは治まらない。くくっ、と漏れてしまう。
「…何はともあれ」
眞清は笑うあたしを放っておくことにしたようで、再び口を開く。
「今回のテストで合格したので…克己にも使わせてあげてもいいですよ」
それは、前にも似たようなことを聞いたことだった。
…確か、会長から問題を出された当初のことだった気がする。
「…上から目線だな、おい」
あたしが言えば眞清はいつもの穏やかそうな顔のまま「正答を言ったのは僕でしたからね」と応じる。
「そりゃ、そーだけど」
あたしは背中を電車のドアに押し当てると一つ息を吐き出した。眞清の目を見る。
「一緒に使わせてくれ」
あたしから視線を逸らさなかった眞清はぱちぱちと数度瞬いた。
少し意外そうな顔をして「そんなに真面目に頼まれるとは思いませんでした」と呟く。
意外そうな顔と呟きに思わず「なんだその態度」と切り返した。
「『使わせてあげる』って言ったのは眞清だろ?」
あたしが軽く肩を押せば「そうでしたね」と眞清が少しだけ笑った。それは、いつもの『何を考えてるか分からない笑み』ではなくて、心底おかしそうに。
「いいですよ。…使ってください」
眞清の答えに「おし」と軽く拳を握る。
そんなあたしの様子を見ていた眞清に…瞳に宿る優しげな光に、あたしは気付かなかった。