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⑤お助け隊
<『変』>

「失礼…っと…」
 学生会室のドアには今も『会議中!!』の貼り紙がしてある。
 ちなみに『学生会室』のプレートに『本部』も健在だ。
 学生会室には会長しかいなかった。
 今日は金曜日で、明日は休み。
 やっぱ、秘密基地はいい。教室とは違う『居場所』は居心地がよかった。
「あら…大森さん」
 あたしは「よ」と軽く手を上げつつ問いかける。
「今、一人?」
「えぇ、見ての通り」
 会長はそう言って教室を示す。
「入ってもいい?」
 眞清は図書室に行っていて、あたしは一人だった。
 チョクチョク図書室に行く眞清は、基本的に朝のショートホームルームが始まる前に足を運ぶんだが、金曜日は放課後に行くことが間々あった。
「どうぞ」
 会長に言われて入室する。パタン、とドアを閉めた。

 壁側の椅子に腰かける。
 会長から一つ離れた椅子に腰かけたあたしに「ヤダ、あたしってばコワイ?」と会長が…笑ってるから、多分冗談で…言った。
「あ。会長が怖いんじゃなくて壁が好きなだけ」
 あたしは椅子を壁に押し付けてコンコン、と指の背で壁を叩く。
「壁がスキって…閉所マニア?」
 少しばかり考え込むような様子の会長に思わず「なんだ、閉所マニアって…」と聞き返してしまう。
「狭いところがスキ、みたいなカンジかしら」
 言いながら首を傾げられて「アバウトだな」と言ったら「適当よ」と切り返された。
(やっぱ会長、面白い)
 そんなことを思う。
 あたしは一度ドアへと振り返った。
 …東校舎の端にある学生会室。
 用事がある人くらいしか来ないし、廊下を通る人も少ない。
 あたしはドアの窓に人影が写らないことを確認して、会長に視線を戻した。
「会長」
「ナニ?」
 何か書類を作成しているようだった。
 パソコンに向かっている後ろ姿を眺めて声をかけると、会長が振り返る。

「…ちょっと、聞きたいことがあるんだけど」
「? ナニ? 答えられることだったら答えるけど」

 先日…水曜日。あたしは聞こえた会長の言葉が気になってしまっていた。
 二人きりの今なら…聞いてもいいかな、と思った。
「――案外…友達より知らない人間のほうが相談しやすい場合もある、って」
 会長が少し目を見開いた…気がした。
「――聞こえてたの?」
 ソレは、水曜日に聞こえた言葉だったんだけど…会長は思い当たった覚えていたらしい。
「あぁ、聞こえてた」
 頷いて応じると、顔だけ振り返っていた会長は体全体をあたしへと向き直らせた。
 一つ二つと呼吸をして、あたしは続けて問いかける。
「…だから、『お助け隊』っぽいことするの?」
 体もコチラに向けた会長が瞬いた。あたしは指を組む。
 ――会長の言った言葉が気になった。
「会長が…友達に相談しにくいことでもあるの?」
 会長の言った言葉を聞いて――あたしにはそう思えてしまって…思わず、問いかけた。
 ――眞清に知らればきっと「余計なツッコミですね」と言われそうなことを。
 会長はまだ、瞬いている。何度か瞬いて、結局は目を閉じた。
 ふぅ、と小さく息を吐き出す。
「…正直、そこまで深読みされるとは思わなかったわ」
 言いながら会長に浮かぶのは、わずかな苦笑。
 あたしが「深読み、しすぎ?」と問いかけると会長はまた、目を伏せる。
 もう一度息を吐き出して、あたしを見た。
「…甘く見てた」
「は?」
 あたしはちょっとばかり妙な声を上げてしまった。
 甘く見てた? …何を?
 関連性が分からなくて、首を傾げてしまう。
 そんなあたしの疑問に答えるように「大森さんと蘇我君」と会長が呟く。
「…とりあえず、あたしの出したテストで正解したってのがビックリだったのに…また、こうやって突っ込まれるなんてね」
 会長の呟きに「…ツッコミ過ぎ、か?」と問いかけると会長は瞬いた。
「別に…あたしが甘く見てただけだから。突っ込み過ぎってことはないんじゃない?」
 そう言って、会長は息を吐き出す。
「…ちゃんと、言うわ」
 続いた言葉にあたしは「え?」と問いかけしてしまう。
「…でも、今すぐは言えない」
 あたしは会長を見た。会長の言葉を自分の中で繰り返して…「おう」と頷いた。
「あ、ちなみにあたしが『友達に相談しにくいこと』があるわけじゃないから」
 そう言って、会長はちょっと考えるような顔をした。
「…多分」
「…多分なんだ」
 思わず切り返したあたしに、会長はまた笑う。…やっぱり浮かぶのは、苦笑。
「なんか…知り合ってそんなに経ってない気もするし…余計なコトかもしれないんだけど、さ」
 あたしは会長を見つめながら言った。
「あたしでよかったら、言ってよ」
 会長もまた、あたしを見る。真っ直ぐに。――視線を逸らすことなく。
「や…あの、野次馬根性? とか思われるかもしれないんだけど…」
 あたしは自分を示した。
「よかったら、使って?」

 ――利用すればいい。
 前に、春那ちゃんに言われたことを思う。
 春那ちゃんは「わたしを利用していい」と言った。――春那ちゃんを利用していいと、言ってくれた。
 春那ちゃんもこんな気持ちだったのかな。
 自分でできることがあるなら…会長にとって、あたしが何か役立つことがあるなら、役立てればいいと思う。知り合ってからそんなに日は経ってない。だけど…あたしは、会長が嫌いじゃなかったから。
 …あたしは背後に他人誰かがいるのが苦手で…誰かにLOVEの意味で好かれるのが怖くて。
 眞清があたしを好きだと聞いてしまって…それでも、あたしに対してそういう態度を出さない眞清を利用して――自分の居心地の良さで、眞清と一緒にいる。
 いつか、こんな自分が――眞清を利用しているということが眞清に知られた時…嫌われるかもしれない。そう、覚悟を決めておかなければならない。
 わかっている。でも…眞清の傍の安定感を手放せない。
 あたしは、眞清を利用している。
 …だから、眞清もあたしを利用してよくて。
 ――あたしは、他人ひとを利用している。
 …だから、あたしも他人に利用されていいはずだ。
 その他人誰かが、会長であってもいい、と思う。

 会長もあたしも、しばらく何も言わなかった。
 あたしは自分を示していた手を下ろして、再び指を組む。
 沈黙を破ったのは、会長の呟きだった。
「…変な人」
「え」
 思わず聞き返してしまう。…今、『変な人』って言われたか?
 会長は俯いた。わずかに「くくっ」と声が聞こえる。
 顔を上げた会長と目が合うと、会長が笑った。
「大森さん、変な人って言われない?」
「…どうかな。記憶にないけど」
 ちょっと考えてみるけど…『変』と言われた記憶はなかった。あたしが忘れてるだけか?
「じゃあ、あたしが言うわ。大森さんって、変」
「…繰り返すくらい…?」
 思わず切り返すと、会長はまた「くくくっ」と声にして笑う。
「――ありがとう」
 ふわりと、会長が笑顔になった。
 いつもハキハキしてるけど笑顔の会長は『可愛い』という印象が強くなる。
「…使わせてもらうわ」
 続いた会長の言葉にあたしは瞬いた。あたしもまた、つられて笑う。
「おう」
 あたしは頷いて、互いに笑い合った。

「こんにちは…」
「お、眞清」
 図書室に行った眞清が学生室に顔を出した。
 なんだかんだで会長…と後から来た副会長の梶原さん…と雑談して過ごしていたあたしは振り返る。
「帰るか?」
 今帰ると程良く電車が来る…という時間だった。
 あたしが問いかけると「そうですね」と時計を見た眞清が頷く。
「お先」と立ち上がると、会長が「バイバイ」と、副会長が「じゃあな」と言う。
 二人にそれぞれ「じゃあな」と応じて学生会室を後にした。

「会長と雑談してたらさ」
 駅に向かいながら…ふと思いだして、あたしは眞清に言った。
「『変な人』って言われた」
「……」
 踏切を渡ると、すぐに駅だ。
 電車が来るまでそんなに間はないから、そのままホームに向かう。
 一時期に比べて日が延びた気がするなぁと思いつつ、いつものように後ろ側の車両を目指す。
「…今更ですね」
 いつも車両が来る辺りで立ち止まると眞清がポソリと言った。
「あ?」
 何が『今更』なのか分からず、眞清に視線を向ける。
 眞清と目が合うと眞清はいつもの胡散臭い笑みを見せた。
「克己が『変』なのは」
 ハッキリキッパリ言われる。
「…なんかケンカ売ってるか、眞清」
 あたしが問いかけると「まさか」と眞清は笑みを深めた。
「事実を言ってるだけですよ」
 続いた言葉に「やっぱケンカ売ってないか?」とあたしは唸る。
 腕を組んで、ホームに作りつけられている柵に背を預けた。冷たい風が吹いて、手袋をしていない手を横っ腹に収める。
 首をすくめて益美ちゃんがくれたマフラーに頬を押し当てた。
 髪を縛ってるから耳は無防備なんだけど、春那ちゃんがくれた帽子が寒さから守ってくれている。
 カンカンカン…と警報器が鳴った。
 右側からライトを点けた電車が来る。ゴトン、ゴトン…と重みを増していく音と共に電車が目の前を通過していく。
 電車と同時にまた、風が来た。冷たい風だ。
 プシュウッ、と音がしてドアが開く。乗り込むと、暖房が効いている車内は温かかった。
「克己、空きましたよ」
 電車の運転室側の壁を眞清が示した。
 さっきまで居た人が移動して、空いたみたいだ。
「――おう」
 眞清が示した場所にあたしは立つ。眞清はあたしの隣に並んだ。
 ――優しい眞清。
 …あたしは、何も返せていないのに。

「…眞清が変だと思う」
 電車が動き出すとあたしは呟いた。
「…はい?」
 聞き返してくる眞清にあたしは繰り返す。
「仮にあたしが変だったとしても、眞清も変だと思う」
『変』っていうか…まぁ、言い換えれば『優しい』んだろうが。
 けどやっぱ、眞清は『変』だと思う。
「……」
 しばらくの沈黙があった。眞清は指を組む。
「…ケンカ売ってますか?」
 眞清はさっきのあたしと似たようなコトを言った。あたしは思わず、笑う。
「事実を言ってるだけだ」
 眞清に言われたことを、そのまま返した。

豊里高校学生会支部4<支部室の存続><完>

2010年 2月 8日(月)【初版完成】
2013年 6月11日(火)【訂正/改定完成】

 
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