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②『いつか』
<美弥子さん>

 放課後、図書室に寄ると言った眞清に学生会室の隣…なんとなく『支部室』って呼ぶことが多い…にいると言って、教室から出ると一旦別れる。
 約束をしているわけではないけど、眞清とは一緒に帰る確率が高かったりした。
 支部室を使う時は、学生会室…プレートに前の副会長の野里さんが書いた手書きの『本部』が未だにくっついている…の人に声をかけるように、と言われている。
 ノックをして、開けた。
「コンニチハ」
 中にいた人に、挨拶をした。今のところ、一人でいる。
「あら…こんにちは」
 いたのは今期の…新しい学生会長、鷲沢美弥子さんだ。
 前は冬哉さん…男だったけど、今度は女の子が学生会長をしている。
「一人?」
 美弥子さんは言いながら少しあたしの背後を覗くように首を伸ばした。
「ああ。眞清は図書室行くって」
 あたしが応じると「珍しいわね」と言われる。
 眞清とはちょくちょく一緒にいるけど、個人行動をしないわけじゃない。
(…まぁ、一緒にいる時間のほうが多い…か?)
 クラスも一緒だし、席も前後で近いし…とか考えてると「ヒマ?」と美弥子さんに言われる。一瞬、言葉が理解できなかった。
「へ?」と聞き返してしまったあたしに美弥子さんは「今、ヒマ?」と繰り返す。
 今度はちゃんと理解できた。
「あぁ、特に用事はない」
「ちょっと手伝ってくれない?」
「おう」
 あたしは応じて入室した。奥にいる美弥子さんに歩み寄る。
 背中を壁側にして、「何?」と問いかけた。「座って」と椅子を勧められ、あたしは美弥子さんの斜め前に座るように一つの椅子を引っ張ると腰を下ろす。やっぱり、背中は壁に預けるようにした。
 あたしが座ると「コレ」と言いながら美弥子さんが示したのは紙の束だった。
 書類とかだとB5とかA4の大きさだと思うんだけど、もっと小さい。B5、A4の半分くらいとかに見えた。
「学生会の運営には直接関係ないヤツ」
 その言葉に、紙の束から美弥子さんに視線を移す。
「…前、言ったでしょ? 意見箱に入ってくる、って」
 あたしが相当妙な顔でもしてしまったのか、美弥子さんがそう言った。
 少し考えて「ああ」と思い当たる。
 意見箱は、本来は部活や委員会、学校…学生会への要望を書いて入れる箱だ。
 その箱には時々、個人的に相談も入ってきたりする…らしい。
 その『個人的な相談』にも美弥子さんは積極的に取り組んでいきたいと考えているみたいで、支部室を使わせてもらう立場で、手伝えることがあったら手伝う…という話にはなっていた。
 未だにちゃんと名前とか覚えていないけど他にも協力者はいて、その『協力者』はあたしと眞清以外は二年生っぽい。
 別に委員長とかではなさそうだった。…多分。
 他の委員会…ちなみにあたしは眞清と代議員で、委員長は学生会長でもある美弥子さんになる…の委員長とか知らないから、本当のところはわからないけど。
「見ていいの?」
「いいわ」
 美弥子さんの了承を得て、紙の束の一番上を手にとって、読んだ。
「……」
「そーゆー時期よねぇ」
 美弥子さんの声を聞きつつ思わずカレンダーを見る。
 そういえば…二月といえば。
(バレンタインか…)
 …十四日にそういうモノがあった。
 紙に書いてあった内容は――。
『2月14日にイベントとして、放課後に告白しやすい雰囲気作りをしてほしい』
 字は、几帳面そうなキレイな字だ。女の子の字かな、と想像する。
「…もしかして、この紙の束…」
「大まかにいえばソッチ系」
「…へぇ…」
 本当に『個人的な相談』みたいなモノあるのか、なんて思った。

「しかし雰囲気作れって言われてもねぇ」
 その言葉に、紙から苦笑する美弥子さんへと視線を移す。
「…音楽を流すとか?」
 結構適当なことを言った。けれど、美弥子さんがぱちくりとする。
「なるほどね」とも言った美弥子さんに「え」と言ってしまった。
「え?」
 聞き返すような美弥子さんに「結構適当なこと言ったけど…」と呟く。
 あたしの呟きに美弥子さんは「あぁ」と言いつつ、笑った。
「なんでも、参考にするよ。最終的に使うか使わないかは別だけど」
 にっこり笑って、美弥子さんは言った。
 前副会長の涼さんがピシッとした印象感じの人で…美弥子さんもまたピシッとした、ハキハキした印象感じの人なんだけど。
 二人とも、笑うとぐっと印象が柔らかくなった。…誰でもそうなのかな。
 涼さんは優しい…穏やかな印象に、美弥子さんは優しい…可愛い印象になる。
「…美弥子さんはちゃんと他人の意見を聞くんだなー…」
「? 聞かなきゃ分からないじゃない」
「あー…」
 椅子に背中を押しつけるようにしてトンッと足を鳴らした。
 ――前会長の冬哉さんの言葉を、何故か思いだす。
『相談もしないで文句ばかりウダウダ言われるより、ずっといいよ』
 …あれは確か、教室以外の溜まり場が欲しい…でも、部活になって部室をもらえるほど人数はいない…と、眞清曰く『無茶苦茶』で『欲望に忠実』な発言をした時だ。
『大森さん達みたいに、はっきり言ってもらった方が断然いいね』
 あたしの『溜まり場が欲しい』というワガママに、冬哉さんはちゃんと考えてくれた。…応えてくれた。最終的に『支部室』なんて『場所』をくれた。
「…会長ってのは、他人の話を聞ける人、なのかな」
「え?」
 美弥子さんがあたしを見る。
 そこで、自分が呟きを洩らしていたのだと知った。意識せず漏らしていた言葉に、今更ながら口にフタをする。
「独り言」
 美弥子さんは「そう?」と言いながらまたあたしが見ていた紙の束に紙を載せた。
「そういえば、何を手伝えばいいんだ?」
 美弥子さんには「ちょっと手伝って」と言われていたことを思いだして、問いかける。
「ええっとね」
 美弥子さんは紙の束を示した。
「あたしは今、学生会の運営に関わるモノとそれ以外をコッチで分別してるの」
「…結構意見箱って、意見が入ってるものなんだな」
「関係ないのも入ってるけどね」と言いつつ、美弥子さんは頷く。
「で、大森さんはコッチの束を更に仕分けてくれない?」
 あたしが「仕分け?」と聞き返すと、「そう」と美弥子さんは再び指先で軽く叩くようにして紙の束を示した。
「バレンタインネタ、個人ネタ…あと、時期が関係ないネタ…とかね」
「…じゃあ、とりあえすこれは皆目を通すってことだな」
「そうよ。だから最初に「ヒマ?」って訊いたじゃない」
 それもそうか、とあたしは紙の束に手を伸ばした。
 折って入っていたのか、どの紙にも折り目がついている。
「言っとくけど、守秘義務発生だから」
「へ? しゅひぎむ?」
(…ってなんだ?)

 そう思ったら、ドアをノックする音がした。
 美弥子さんが「はい」と応じると「失礼します」と眞清が顔を出す。
「あ…こっちにいたんですか」
 目が合うと眞清が言った。軽く手を上げつつ「おう」と応じる。
「美弥子さんの手伝い」
 そう付け足すと、美弥子さんが「蘇我君も手伝ってくんない?」と続ける。
 眞清は瞬きをしながらも、もう一度「失礼します」と言って、学生会室に入ってきた。
 パタン、とドアを閉める。
「何を、手伝うんですか」
「大森さんにも頼んだんだけど…」
 美弥子さんはあたしに言ったことをもう一度繰り返した。
 眞清はあたしの隣に立っている。
「…仕分け、ですか」
「で、シュヒギムハッセーだって」
 あたしは美弥子さんが言っていた言葉を繰り返す。
「…ところで『シュヒギムハッセー』ってなんだ?」
 漢字変換ができない。美弥子さんと眞清の顔を交互に見る。
 眞清がぱちくりとした。…美弥子さんもあたしを見ている。
「え?」
 美弥子さんがくくっと笑った。眞清もまた、いつもの『何を考えてるかわからない』笑顔かおになる。
「なんか、どっかの皇帝っぽい…」
「? 校庭?」
「『皇帝王様』ですよ」
 美弥子さんが「あ、座って」と眞清に言うと眞清が腰を下ろした。
 美弥子さんと向かい合うように、そしてあたしの斜め前に座るようになる。
 ふっと、背中を意識する…強張りが薄れた。
 背中側じゃなくても…眞清が傍にいてくれる、という安心感。
 体に染みついてる…ってかクセになってるというか…。
(ダメだなぁ…)
『一人』に慣れなきゃいけないのに。
『一人』でも、ちゃんと『背中』のことを管理できるようにならなきゃいけないのに。

 
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