ぼんやり考えているいると、眞清が口を開く。
「守秘義務、ですよ」
眞清は言いながら机に指先で『守秘』と書いた。…守る秘?
「秘密を守る義務、です」
「…あー…そうなのか」
眞清の説明にあたしは頷いた。
眞清はたくさん本を読むからか、言葉に詳しい。
あたしよりは確実に、格段に。
「…ってか、美弥子さんも難しい言葉知ってるな」
思わずそう呟く。
何かツボにハマッているのか、くくくっと未だに笑っている美弥子さんが「え?」と…まだ笑いつつ…首を傾げた。
「『守秘義務』なんて、あたしは知らないけど…美弥子さんはよくそんな言葉知ってたな」
「蘇我君がわかるのは意外じゃないんだ?」
その切り返しに「眞清は本好きって知ってるから」と応じる。
「じゃあ、あたしも本好きだからよ」
ようやく笑いが収まったらしい美弥子さんがそう言いつつ机に肘をついて手にアゴを載せた。
「え、あ、そうなんだ」
へぇ、と声をあげてしまう。「何? 意外?」と言われて「ちょっと」と親指と人差し指に隙間を作った。
「あたしは元文芸部よ」
アゴを載せていた手を胸へと移しながら美弥子さんが言った。
「…あ、そっか…確か、涼さんと同じ部活なんだよな」
「そう」
涼さんの名前に美弥子さんはぱっと表情を明るくする。
美弥子さんは涼さんがダイスキらしい。部活で仲良くなったみたいだ。
「…で、『文芸部』ってぶっちゃけどんな部活…?」
あたしの問いかけに美弥子さんが「へ?」と素っ頓狂な声を上げた。…そんなに妙な質問をしてしまっただろうか。
「あー…まぁ、入ってなきゃわからないか」
そう言って一つにまとめてある…美弥子さんは少しクセのある髪をポニーテールにしている…髪を指先で構った。
今日も首筋を露わにしているが、ハイネックのセーターを着ているからか、そんなに寒そうには見えない。
「それこそ本を読んだり、文章を作成したり、ね」
「文章の作成って…」
ぱっと思いつかなくて、聞き返してしまう。
あっさり「詩とか小説とか?」と返ってきて「へぇ…」と指を組んだ。
意識せず眞清に視線を移す。
「…なんですか?」
問いかけられて、自分が眞清をガン見していたことに気付いた。
「いや…」
眞清は美弥子さんに言われた『仕分け』を始めていたようで、手には美弥子さんが置いた紙の束がある。
「眞清が詩を書いてるのって想像つかねぇなぁ、って」
眞清は本を読むイメージがあって、本好き…読書好きっていうイメージはあるけど、文章を書くっていう印象はなかった。
宿題で数学を解いていたりとか、英語の書きとりとかは想像できたが、詩を書くような想像ができない。
「…小説なら想像つくの?」
美弥子さんのツッコミにあたしは一度美弥子さんに視線を移した。もう一度眞清に視線を戻して、「いいか?」と訊ねる。
「?」
首を傾げた美弥子さんを横目にしつつ、眞清がふっと息を吐き出したのがわかった。
「…父が…」
眞清が言いながら視線を再び紙の束に落とす。
「小説家なんです、一応」
美弥子さんが「え」と声を上げた。
パチパチと瞬きをしつつ、眞清に注目した美弥子さんに、あたしは付け足す。
「で、眞清ってすげぇお父さんと似てるから」
小説を書く眞清というのは、少しだけ想像できた。…ってか、眞清のお父さんの印象と重ねることができる、ってのが正しいところだろうか。
遊びに行ったとき、仕事部屋…ってか、書斎っていえばいいのかな。
そこでパソコンに向かっている眞清のお父さんの姿を見たことがある。
眞清はイイトコのお坊ちゃんってか…あんまり表情が変わらないから『何を考えてるかわからない顔』って印象がある。
眞清のお父さんも大抵穏やかに笑っている印象があって、ついでに誰に対しても敬語で喋るところも共通していた。(眞清のお父さんはあたしにも敬語を使って喋る)
眞清のお父さんが若作りらしくって、「ちょっと年の離れた兄弟?」とも思えなくもない。
眞清と眞清のお父さんと同時に話をしていて間違えるなんてことはないが…もしかしたら、思いこみがあったら見間違えたりするかもしれない。
「だから…なんとなく、眞清が小説書いてるところは想像できるかな」
あたしは美弥子さんにそう続けた。美弥子さんが「ふぅん」と眞清を見る。
「スゴイ、割と身近に小説家っていたんだ」
美弥子さんの言葉に、紙の束から顔を上げた眞清は相変わらず何を考えてるかわからないような笑顔を浮かべている。
「蘇我…? 蘇我って名前で本出てる?」
美弥子さんの問い明けに眞清は応じた。
「蘇我聖…本名で出してますね」
「そがひじり、か…」
調べてみよーっと、と美弥子さんが一人頷く。
「ちなみに『ひじり』って『聖』?」
紙の裏側に『聖』と書きつつ美弥子さんが言う。
「はい」
「ペンネームじゃないんだね」
「えぇ、まぁ…」
「悪いことをしているわけではないので」と眞清は言った。なぜか「一応」と続いて「一応なのか」と思わずツッコむ。
(ってか、意外と美弥子さんミーハー? なのか?)
姐御肌って感じで、ハキハキしてる美弥子さん。
思いの外眞清のお父さんネタに食いついた様子が少し意外な感じがした。
※ ※ ※
その後、仕分けをした。
ひとまずはバレンタインネタとそれ以外の内容とを。
量としては、半々くらいだっただろうか。
結構バレンタインネタが多くて驚いた。
「ちなみにこれ、いつ回収するの?」
「毎週水曜日。週の真ん中」
「…一週間で結構入るもんなんだな」
「どーでもいいヤツも入ってくるけどね」
美弥子さんは言いながら、あたしと眞清が見ている紙の束とは違う紙の束を叩く。
あたし達が見ている紙の束と美弥子さんが見ている紙の束と、美弥子さんが叩いた紙の束と…三つの中では一番量が少ない。
「? ナニソレ?」
「ゴミ箱行き」
「…?」
なんだろう、と思った。「見てもいい?」と訊ねると「別にいいけど」と美弥子さんはやや苦笑気味に言った。
その苦笑の理由は、紙を眺めていて理解する。
「…こりゃ、ゴミ箱行きだな」
「せいぜい裏が使えるなら、メモ用紙ってところでしょ」
はっ、と鼻で笑うような美弥子さん。
少しばかり首を傾げた眞清が視界に映って、眺めていた紙を差し出す。
「……あぁ」
紙を受け取って眺めると…眞清も淡々と…ってかため息交じりっぽく? 声を上げた。
『インラン会長 男ひっぱりこんで学生会室でナニしてるんですか』
「…また、幼稚な」
「どう見ればあたしが男引っ張り込むように見えるのかしら」
ぼやくように美弥子さんが呟く。
いつもの『何を考えてるかわからない笑顔』ではなく、苦笑する様子の眞清に気付いてあたしは首を傾げた。
…と、ふと気付く。
「…え、もしかしてソレ、みんなそういう雰囲気なワケ…?」
美弥子さんが叩いた紙の束を示しつつ訊ねた。美弥子さんはあっさり「ええ」と応じる。
そんな美弥子さんに「貸して」と手を差し出した。
「読んでも面白くないと思うけど」と言いつつ、美弥子さんはあたしに紙をくれる。
眞清が見ていた紙も回収して、全部重ねた。枚数としては四、五枚ってところか。
トントン、と机に打ちつけてその紙を整える。
…そして。
ビリッ
「え」
美弥子さんが声を上げた。
あたしは、整えた紙を一気に破いた。
「どういうヤツが書くんだろうな」
もう一度紙を整えて、真ん中辺りからビリッと破る。
「…大森さん…」
「こんなん、残しとく必要もないだろ?」
今まで整えていた紙を、最後はぐしゃぐしゃと丸めた。そのままゴミ箱に放り投げる…なんてことはしない。正直、そこまでコントロールに自信はない。立ち上がって、ゴミ箱に放り込む。
「…裏、メモ用紙で使えたのに」
美弥子さんの言葉に今度はあたしが「え」と声を上げた。
「今は節約の時代ですよ、克己」
眞清にも言われて「えぇ?」と声をあげてしまう。眞清は今も美弥子さんから預かった仕分けした意見用紙を眺めている。
ふふっと笑う声に視線を移した。
…笑っていたのは、美弥子さんだった。
「どうせやるなら、あたしがやりたかったわ」
その言葉に目を丸くした。