TOP
 

③眞清の誕生日
<朝>

(二月二日…)
 カレンダーを眺めて、確認する。一月が終わって、二月が始まって…二日目。
 世間一般的に祝日ってわけでもないし、特別な日ではない。…だけど。
(今日、だよな)
 ――今日は眞清の誕生日。…の、ハズだ。
 中学三年の二学期…夏休みから一緒にいる。(眞清に言わせると『強制的に付き合わせてる』ってカンジかもしれないが)
 あたしが知らなかったから、ってのもあるが…中学の時には、祝うことがなかった。
 だから。
 あたしはなんとなく携帯電話ケータイを手にした。
 一つだけ付けてるストラップは、眞清がくれたモノだ。
 開いて、眞清の…まだケータイを持ってないから、名前と誕生日しか登録されてないけど…プロフィールを確認する。眞清に訊いて、登録した。
『2月 2日 水瓶座』
 ちなみに星座はケータイが勝手に登録したヤツだ。
(うん、今日だな)
 あたしは一人頷く。

 誕生日にプレゼントをくれた。…そればかりじゃなくて。
 いつも一緒にいてくれてる。背中になってくれてる。
 あたしはいつだって自己中で、なんだかんだで振りまわしてるのに…結局は、優しいばかりの眞清。
 眞清がくれる優しさに、全然足りないかもしれないけど。
 それでも、感謝の気持ちはある。
 ――眞清の優しさをある種利用している…罪悪感もある。
 聞いてしまうつもりのなかった、眞清の気持ち。
 あたしを好きだと言っていた、眞清。
 …あたしを好きだという『気持ち』も、その『誰か』も怖いと思ってしまうあたし。
 あたしは眞清の気持ちを聞いてしまいながらも…聞かなかったことにして。
 あたしを好きになってくれる『誰か』もその『気持ち』も怖いのだと言って…眞清があたしに――あたしを好きだと言ったりしないように、と…ある種の牽制をした。
 だからなのか、眞清はそんな態度は出さず、傍にいてくれる。背中になってくれている。
 幼馴染みとして、接してくれている。
 …あたしは眞清の気持ちを知っていながら…知らないフリをして。
 眞清の優しさに付けこんで…甘えて、今も傍にいてもらっている。『背中』になってもらっている。
 この現状がバレた時――あたしは眞清に嫌われるかもしれない。その覚悟をしておかなきゃいけない。
 それでも…今、眞清が傍にいてくれる心地よさは手放せなくて。
 ――眞清に感謝している気持ちも本当で。
 誕生日プレゼントを用意した。
(っつっても、帰ってきてからにするか)
 そろそろ家を出る時間だ。
 家から駅まで歩いて行っていて、眞清とは家からもう、一緒に登校している。
 中学の時からずっと、一緒に登校している。
 一緒に登校してない日を数えたほうが早い程度だ。
 しばらく眞清と距離を置いた時があったから、下校は一緒じゃない時も両手以上あるけど…それにしたって、一緒に下校した時のほうが多い。
(こうやって考えると、通学はほぼ一緒なんだなぁ)
 あたしは用意したプレゼントを机の上に置いた。
(帰ってきてから、渡そう)
 そんなに大きなモンでもないから荷物になるってわけでもないけど、家から学校、学校から家…と行って帰るのはなんだかなー、とあたし的には思う。
 一人頷いて、母さんに「行ってきます」と声をかけた。
 父さんは仕事でいない。今日帰ってくるのが早そうだから、多分あたしが帰ってくる頃にはいるんだろうけど。
 母さんの「いってらっしゃい」という声を聞きつつ、玄関に手をかける。
 風が吹いた。頬に当たる風の冷たさに目を細める。
 益美ちゃんいわく寒さに強いっぽいあたしでも、さすがに朝一番の風は冷たく感じた。
 誕生日に春那ちゃんがくれた帽子を引っ張り下ろす。
 隣の眞清の家に向かって歩き出した。

※ ※ ※

 学校に到着すると、靴を履き替える。
 鉄製のロッカーになっている靴箱を開けて、上履きに履き替えて…ふと、眞清がロッカーを開けたまま止まっていることに気付いた。
 七番のあたしと十四番の眞清。
 靴箱は名簿番号順になっていて、五人分ずつ並んでるカンジで、あたしは上から二段目、眞清は下から二段目の靴箱になっている。
 しゃがみ込んだままの眞清に「どうした?」と声をかけた。
 手ぶらだった眞清が手に何かを持って、上履きを出す。
 上履きに履き替えて、靴を入れて…立ち上がった。
 その手に持っている物を、なんとなく見てしまう。
 紙袋のようだった。青いギンガム・チェックの片手で持てそうな大きさだ。
 指先で抓むような持ち方をしている眞清に「なんだ?」と問いかける。
「…なんでしょう」
 訝しげ、とでも言うのか…なんとも言い難い声を上げる眞清。
 …ちょっと考えて、思いついた。
(あ、誕生日プレゼント…か?)
 靴箱にそっと置いておく…ってことは。
(内緒のプレゼントか)
 眞清だってその可能性には気付いているだろう。あたしがあえて「プレゼントか?」とかなんとか言うような必要は、きっとない。
 袋の端を持っている、今も抓むように持っている眞清に思わず苦笑してしまう。
「…もっとちゃんと持てばいいのに」
 落ちるぞ、と言った。眞清は目を細める。
「――まぁ、そうなんですが」
 そう言いつつ、眞清は抓むようにしたままで持ち方を変えることはなかった。
 雑談しつつ教室に向かう。
 教室に着いて自分の席にカバンを置くと、上着を脱いであたしは大きく伸びをした。
 冬の上着はなんとなく肩が重い感じになる。上着自体が重いのかもしれない。ぐるぐると肩を回す。
 眞清も上着を脱いでカバンを置いて…と似たような行動をすることになる。
 カバンから本を取り出した。
 そのまま図書室へ向かうかと思ったら、席に着く。
「あ? 図書室行かないのか?」
 思わず問いかけたあたしに眞清は「はい」と頷いた。
「読み終わらなかったので」
「ふぅん」
 眞清は朝、結構な確率でホームルームが始まる前に図書室に行っていた。
 初めてってわけでもないけど、珍しい感じがする。
(…って、そういやこの頃放課後に図書室行ってるほうが多い…か?)
 少し考えて、そう思いなおした。
 今年に入ってから…だろうか。朝、一緒に登校してから授業が始まるまで、本を読む眞清の邪魔をして話しかける日が多いような気がする。
(そういやこの前も放課後行ってたな)
 美弥子さんに「手伝って」と言われた日、あの日も眞清は放課後に図書室に行っていた。

「おはよう、蘇我くん」
 声になんとなく顔を向けると、挨拶をしたのは弥生ちゃんだった。
「おはようございます」
 眞清が応じると「大森さんもおはよう!」と弥生ちゃんは…一緒にいた絵美ちゃんも…続けた。
「おはよ」
 弥生ちゃんと絵美ちゃんに続ける。
 眞清はカバンを机の横にあるフックに引っかけて、既に取り出していた本に視線を落とした。
 ちなみに…青い袋はそのまま机の上に置いてある。靴箱から持って来たけど、開けるような素振りは見せない。
(あたしだったらすぐに開けちまうけど…)
 それか、カバンの中にでもしまえばいいのに、とか思う。
 机の上に置いとくだけじゃ、ちょっとした拍子に落としたりしそうだ。
 眞清が視線を落としたままの小説の表紙を覗きこむ。
『ホワイトボックス』――白い箱、というタイトルの本らしい。
 話を聞くかぎりじゃ、眞清は結構ミステリー系の本を読むことが多いらしい。
 今回もミステリー系の小説だろうか。
(読んだことないけど、眞清のお父さんってミステリー作家なんだっけ?)
 ふと、そんなことを思った。
 眞清のお父さんの仕事部屋を少しだけ覗いたことがあるけど、めちゃくちゃいっぱい本があったことを記憶している。
 背表紙を詳しく見たりしたわけじゃないし、眞清曰く専門書とかが多いらしいけど。
 もしかしたら、眞清のお父さんの本を読むこともあるのかもしれない。
 あたしはほとんどってくらい本を読まない。たまに、マンガを読むくらい。
 そのマンガも基本的にあんまり読まないし、買ってもいない。
 覗き込むあたしに気付いているのかいないのか、眞清は別に反応することはなかった。

 最初に教室に来た誰かがストーブを入れてくれるらしくて、教室の中は…まぁ、家に比べれば密閉性がないからどうしたって気温は低いけど…そこそこ温かい。
 眞清の読書の邪魔をするのも悪いし、話しかけたりしないまま座り直すと、壁に背を預けてぼんやりと教室を眺めた。
 雑誌を読んでる子、眞清みたいに本を読んでる子、雑談してるヤツ…とそれぞれの様子を観察する。まだ、あんまり人はいない。
 眞清とあたし、弥生ちゃん、絵美ちゃん…と全部で十人もいないくらいだ。
 窓に視線を向けると、当然ながら外の様子も見える。
 ここは三階で、まだ葉の芽吹かない木の枝の様子が見えた。
「…やだっ! いいのっ!!」
 弥生ちゃんの声に思わず視線を向ける。絵美ちゃんがくすくす笑っているのも見えた。
 二人は寒いのか、今も上着を着たままだ。
 何を話しているのかなぁ、とは思ったけど、また視線を窓の外へと移す。
 教室から見える、葉っぱが落ちきった冬の木。
 暦の上ではそろそろ春になるらしいけど、感覚としてはまだ冬だな。
 そういえば来月には卒業式もあって、三年生…冬哉さん、涼さん、野里さんともお別れなのか、なんてことも思う。
 三年生はセンター試験も終わって、ほぼ自由登校だ。あんまり姿も見ない。
 ――春は、別れの季節。

『一緒にいるって言ったじゃないか――!!』

 ツキリ、と背中が痛んだ気がした。
 …心臓が軋んだようにも思えた。
 ――あれから…。
(レオンと、別れてから――)
 三月になれば、二年になるのか――…。
 そんなことを思って、目を閉じる。
 頭を振って、気持ちを切り替えようと息を吐き出した。
 …吐息のように、『気持ち』を吐き出して、出し切ることはできなかったけれど。

 
TOP