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④バレンタイン前線?
<近づいてくる>

 眞清に、誕生日プレゼントで栞を贈った。
 それだけじゃなくて、使いやすそうなシャーペンと、消しゴムと…なんか、文房具セットっぽくなってしまった。
 眞清はよく本を読むから、最初は本かブックカバーでも贈ろうかとも思ったんだけど…。
 本は、眞清が読んだことがある本とか、下手をすれば家にある本と被ってもなんだしな、と思って止めた。
 ブックカバーは、眞清は本をたくさん読むからこそ…図書室で借りて返す期間がそんなに長くないから、と思って止めてみた。つけたり取ったり面倒かもしれないし。
 栞にしてみたのは…眞清は途中まで読んだ場所もちゃんと覚えていそうだけど、たまにヒモの栞のない本も読んでいそうだったし、邪魔にもならないかな、と思って。
 少し硬い(何かはわからない)素材で、渋い…というか少し褪せたというか、なんにせよ金と銀の間みたいな色の、細長くてちょっと鳥の羽根みたいなイメージのデザイン。デザインがカッコイイな、と思ってそれにしてみた。
 シャーペンは、木目チックのヤツ。
 パッと見「鉛筆?」とか思えそうな色合いで、なんとなく眞清のイメージだと思ったのと…個人的に握りやすかったっていうのもあって、贈った。
 眞清とあたしはそんなに手の大きさも変わらないはずだから、短くて握りづらいってコトは多分ない。
 あと消しゴムは、今は使わなかったとしてもいずれは使うこともあるかな、と。
 それから…贈り物プレゼントと言えるかわからないけど、メッセージカードも入れた。
 二つ折りにするとハガキくらいの大きさになるヤツで、木…というか森みたいな絵の青のグラデーションがキレイな色合いのカード。
 誕生日おめでとう、というお祝いと――いつもの感謝の言葉を。
 プレゼントを送った翌日、眞清に「開けたか?」と訊いたら「開けましたよ」と応じた。
 ここで「開けてない」と言われたら「ぅをい」と力強く突っ込むトコロだったが、そんなことはなかった。
「消しゴムもそろそろ買おうと思っていたんです。ありがとうございます」
 それは眞清にとって『使えそうなモノ』だということか。
 そう思いつつ「使えそうならよかった」と応じた。
 贈ったシャーペンがペンケースに入っていたのを見た時…それから、眞清が本を読んでる時に机に栞が置いてあるのを見た時。――嬉しかった。
 やっぱ、贈ったモノが使ってもらえるのは、嬉しい。
 気に入ってもらえたんであれば、更に嬉しいけど…まだ、訊けてはいなかった。

※ ※ ※

 放課後。
 まだ帰る用意が…っつってもそんなに用意する物もないが…終わってなかったあたしは帰る準備を始めた。
(確か今日は…会議があるからダメだって言われてたな)
 昨日も支部室に行ったんだが、その時に「明日は来ても入りづらいと思う」と美弥子さんに言われていた。
(っつーことは教室にでもいるか…)
 即行帰る気はない。
 眞清に振り返って目が合うと、眞清は本を持った手を軽く上げた。
「図書室に行く」と合図にあたしもまた「おう」と軽く手を上げる。
 やっぱり眞清はこの頃放課後に図書室に行く率が高い。
「多分、教室ここにいる」
 軽く自分の机を叩きつつ言うと「多分ですか」と眞清は言いつつ教室を出ていった。
 あたしは帰る準備を再開する。
 ペンケースと、ノート…宿題に使う、教科書と問題集。
(あ、眞清がくるまてやれるだけやってみるか)
 もしわからないところがあれば、眞清に訊いて解いてしまえば家で宿題をやらないで済む。
 そう思って、一度背負ったカバンから数学の問題集を出して、広げた。
 ついでにまたカバンを背負う。
 授業中は後ろに眞清がいて『背中』が気にならないが、図書室に行っていて、眞清がいない現状では背中を晒すのは正直キツい。
 カバンなしでいれないこともないけど、とても宿題を解けるような頭の使い方はできない。
 放課後の教室には、まだ人がいた。
 なんとなくまだざわついた教室。春那ちゃんが「数学?」と声をかけてくる。
「おう。学校でやっちまえば、家に持ち帰らないで済むかなって」
「あぁ…なるほど」
 帰る準備が終わったらしい春那ちゃんが再び席に着いた。
 しばらく付き合ってくれるっぽい。
「…そーいや春那ちゃんって結構数学得意だよな」
 宿題になった今日の問題集のページは、最初は計算問題だった。
 これはまだ大丈夫だな、と書きこんでいく。
 あたしは文章問題が苦手だ。
「…得意…というか、嫌いではないけど」
「ははっ。そっか」
 計算問題は六問。まずは一問目を解き終える。
「カバン背負って…何してんだ、大森?」
 前の席の更科が振り返りながら言った。
「見ての通り、宿題」
 二問目に取りかかると「真面目だな」と聞こえた。
 えーと、ここは掛け算、ここでX、Y…と考えて、しばらくしてからようやく更科の声が内容になって、脳ミソに届く。
「…ん? 持ち帰る荷物を減らそうと思って」
「そーゆーことか」
 更科に「そーゆーこと」と応じる。
 解きかけの二問目を続けた。

 春那ちゃんも一緒に宿題を片付けて、更科もなんだかんだと雑談しつつ付き合ってくれた。
「…何をしてるんですか」
 三問目、四問目…と解いて聞こえた眞清の声に「宿題」と応じつつ顔を上げて振り返る。
 当然ながら、眞清が立っていた。
「カバンの荷物減らそうと思って」
「…そうですか」
 眞清は言いながらストンと席に着いた。カバンを背負っていても、また安心感が増す。
 …眞清はすごいな、と思った。
 それともあたしが眞清に対して寄りかかり過ぎなのか…。
(本当…ちゃんと『一人』になれるようにしないと…)
 ――いつまで経っても、眞清を解放できない。
 あたしは眞清に振り返る。
 眞清はおもむろに読書を始めていた。今日借りてきた本だろうか。
 机の上にはあたしが贈った栞がある。使ってくれているとわかって…また、嬉しくなった。
「あー…バイトかー…」
 更科の声にあたしは正面に向き直った。時計を見ていたようだ。
「じゃな、大森」
 言いながら立ち上がった更科に「おう」と頷く。更科は去年のうちからバイトをしているらしい。
「お先」と春那ちゃんにも声をかけて、更科は教室を後にした。
 教室はいつの間に、結構人が減っている。
 更科が教室を出ていってしばらくすると、春那ちゃんは「じゃあ」と数学の問題集を閉じた。
「あたしもそろそろ帰るわ」
「ん、付き合ってくれてありがと」
 …春那ちゃんは、放課後は結構あたしと一緒にいてくれた。
 更科が教室にいる時は、特に。
 更科に好きだと言ってもらって…でもその感情が怖くて。
 更科自身、悪いヤツじゃないのに――更科を怖いと思ってしまって。
 …なんでか春那ちゃんが更科にビビッてしまっているあたしに気付いて…『利用していい』と言ってくれた。
 二人っきりにならないようにすると言って…実際、行動もしてくれている。
 …今日みたいに。
 あたしがお礼を言うと「いいのよ」と春那ちゃんは少しだけ笑う。
「じゃあ、ね」
 問題集とペンケースをカバンに入れると春那ちゃんが立ち上がる。
「蘇我君も」と声をかけると「はい」と眞清が頷いた。
 なんとなく教室の時計を見上げる。
 電車の時間まで、もうちょっとあった。
(計算問題はどうにかなりそう…だが、宿題全部終わらせるのは無理っぽいな)
 そう判断して、あたしは次の文章問題を眺めた。
 わからなそうなヤツを先に眞清に訊いてしまえ、と思う。
 …やっぱ、あたしは文章問題が苦手な傾向っぽい。
 最後の問題、書いてある意味すらビミョー…。
「眞清」
 読書の邪魔になるが、声をかける。
「はい?」
 振り返って眞清の机に問題集を広げた。頭を突き合わせて「これ、教えてくれ」と示す。
「えぇと…」
 眞清は栞を挟むと本を閉じて、あたしが示した問題文を指でなぞるように動かした。
「あぁ、これは――」
 一回読んだだけで問題文の意味を理解したらしい眞清が、説明を始めてくれた。

「そろそろ、行きませんか」
 最後の問題をひとまず解き終わった時の眞清の言葉に時計を見上げる。
 慌てる必要はないけど、電車の時間が近付いていた。
「あぁ、そうだな」
 予想どおりと言うべきか、宿題全部を片づけることはできなかった。
 …まぁ、片づけてから帰ってもいいけど、そうすると結構遅くなってしまいそうだったから、止めたっていうのもある。
 問題集、ペンケースをカバンに入れると立ち上がった。
「バイバイ蘇我くん」
「また明日、大森さん」
 弥生ちゃんと絵美ちゃんに「お先」と応じて、昇降口に向かう。

「あ…大森さん! 蘇我君!」
 呼びかけに、靴を履き替えようとしていたあたしは止まって顔を上げた。
「美弥子さん」
 声は学生会長…美弥子さんのものだった。
「明日…放課後、ちょっと学生会室来てもらっていい?」
 そんな言い方をされるのは初めてだと思いつつ、「ん、わかったりょーかい」と頷く。
 なんか手伝うことでもあるのかな。
「蘇我君もいい?」と訊かれて、眞清は「えぇ、まぁ」と応じていた。
「なんだろうな」
 駅に向かいつつ、あたしは口を開いた。
「さぁ」と眞清が首を傾げる。若干面倒くさそうだ。
「やる気ねぇな」
「ありませんね」
 あっさり肯定されて「少しくらい否定しろ」と思わず切り返してしまう。
「嘘をついてもしょうがないでしょう」
 淡々と言う眞清にあたしは瞬いた。
「…まぁ、そぉか」
 腕を組みつつ、あたしは頷いた。

 
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