翌日――放課後。
「大森さん、ちょっと…いい?」
絵美ちゃんの声に視線を向ける。
絵美ちゃんと一緒に弥生ちゃんも立っていた。
「ん?」
眞清はトイレか何かに行っているのか、とりあえず教室にいなかった。
「訊きたいことがあるの」
「ん、何?」
あたしは聞く態勢になってみたが、「付き合ってもらっていい?」と言われて、教室じゃダメな内容なのか、と思った。
「おう、ちょっとだけ待って」
あたしは応じてカバンを背負った。
まだ帰る準備が済んでなかったけど、まぁ、また戻ってくればいいだけの話だ。
そんなに持ち帰る物もない。
美弥子さんに「学生会室に来て」と言われていたことを思いだしたが…まぁ、そんなに時間はかからないだろう、と勝手に判断する。
(長くかかりそうだったら、ケータイで連絡しよう)
美弥子さんのメールアドレスは教えてもらっていた。
春那ちゃんと目が合って、「あ」と声を上げた。
先立つ絵美ちゃんと弥生ちゃんが足を止める。
「春那ちゃん、もし眞清が来たら『先に行ってて』って、言ってもらってもいい?」
伝言をお願すると「わかったわ」と頷いてくれた。
「あ、でも…帰るならいいや。もし春那ちゃんが帰るまでに会ったら、伝えてもらっていい?」
眞清がいつ教室に来るかわからないから、言いなおした。春那ちゃんはもう一度「ええ」と頷く。
ある意味引き留めてしまった絵美ちゃんと弥生ちゃんに「ゴメン」と声をかける。
絵美ちゃんと弥生ちゃんに続いて教室を出ようとしたら、眞清と会った。
春那ちゃんに伝言を頼む必要がなかったな…なんてことを思う。
「眞清、ちょっと先行ってて」
昨日の帰りがけ、美弥子さんはあたしだけじゃなく、眞清にも声をかけていた。
「……あぁ、はい」
少し間を置いた答えに、「なんだ今の間」と言ってしまう。ちょっとだけ考えて、ピンときた。
「…忘れてたな?」
「…忘れたふり、ですよ」
いつものうさんくさい笑顔で言われて「そーかよ」と苦笑する。
ひとまずそういうことにして、春那ちゃんに振り返ると眞清を示して「いた! ありがとう!」と手を振った。
「ゴメン、待たせた」
絵美ちゃんと弥生ちゃんにもう一度謝る。
絵美ちゃんが「ううん」と言うと、再び足を進める。あたしはそんな二人に続いた。
…って、向かった先は女子トイレだった。使ってる人は誰もいないっぽい。
「? ここでいいの?」
「うん、すぐ済むから」
絵美ちゃんが応じる。
なんだろう、と思いつつ「何?」と首を傾げた。
訊きたいことがある、と絵美ちゃんは言ってたハズだ。
「イキナリなんだけどさ」
絵美ちゃんはそう言って、チラッと弥生ちゃんを見た。つられるようにあたしも弥生ちゃんを見る。
弥生ちゃんが「あのさ」と口を開いた。
「大森さんって、蘇我くんとは付き合ってるの、かな?」
「へ?」
自分の声が妙なモノになってしまったことにどこかで気付いたが、どうしようもできなかった。
「……えぇと、訊きたいコトって、ソレ?」
弥生ちゃんと絵美ちゃんと、交互に見る。二人は頷いた。
あたしはなんとなく耳の付け根辺りを掻く。
…トイレであえて、そーゆーハナシ? とか思ったが…。
「彼氏彼女…とかいう『付き合ってる』じゃ、ナイぞ」
質問に答えた。
「でもでも、すごく仲いいし、いっつもってくらい一緒にいるよね?」
絵美ちゃんがぐっと拳を作って続ける。あたしは耳の付け根あたりを掻いていた手を下ろした。
「いや…幼馴染みで、眞清が一緒にいてくれてるだけで…」
「…じゃあ、二人は恋人とかいう関係じゃないの?」
弥生ちゃんは確認するように言った。ぎゅっと指を組んで、祈るようにも見える。
「ないな」
あたしは頷いた。
「――あ、あのさ、蘇我くんって彼女がいたりとか…するのかな?」
絵美ちゃんが指を組んだ弥生ちゃんの肩に手を置いた。がっちりホールドするっぽく。
「いない、と思うけど…」
――眞清に好きな人ができるまで。
それが、眞清があたしの『背中』でいてくれる期限。
――眞清に彼女ができれば…もう、一緒にはいない。
今みたいには、いられない。
そんなことを思って…あたしの中で、寂しさみたいなものが過ぎった。
…自己中だな、と思う。――眞清に依存している、とも。
(どーにかしねぇとなぁ…)
『背中』のことを、一人でどうにかしなきゃいけないのに。
いずれは。…どんなに遅くても、高校を卒業する頃までには。
少しばかり自分の思考に浸ってしまっていたあたしは、「大森さんっ!!」と言った絵美ちゃんの高めの声にちょっと驚いてしまった。
若干肩がビクッとしてしまったかもしれない。
「ちょっと、協力してほしいんだけど!!」
絵美ちゃんのやや興奮気味にも見える力強い言葉にあたしはややたじろぎつつ「お、おう…?」と頷いた。