「大森さん」
――昼休み。
眞清が教室からいなくなると、絵美ちゃんに声をかけられた。
(…今日のコト、だな)
そう思って「おう」と立ち上がる。カバンを背負った。
なんとなく内緒話しやすい、トイレに向かう。
…その途中で眞清とすれ違った。眞清もトイレに行ってたのかもしれない。
トイレに入ると、誰もいなかった。
「いよいよだねーっ」
絵美ちゃんがワクワクしているように見える様子で言った。
「…あんま、プレッシャーかけないでよ…」
弥生ちゃんがぎゅっと拳を作る。
「今日の放課後、でいいんだよな?」
あたしは確認した。絵美ちゃんが力強く、弥生ちゃんが小さく頷く。
「眞清、多分放課後に図書室いくと思うんだよ」
で、その後は…学生会室の横、支部室に来るはずだ。
美弥子さんに「顔出してね」と言われている。
「あたし、『教室で待ってる』って言って、眞清に図書室の後に教室に戻ってもらうようにして…」
教室で二人になれるようなだったら渡せばいい。
それが一つの提案。
「…教室って、放課後なんだかんだで人いるよね…」
弥生ちゃんがぽそりともらした。
ちょっとばかり考えて、「…そっか?」と首を傾げる。
基本的に周りを見ていないのか、意外と放課後に教室にいないのか、ぱっと放課後の教室の様子が想像できなかった。
人がいない場所…あんま来ない場所を、考える。
「…じゃあ」
あたしはもう一つ提案した。
「生物室の傍の階段」
指先でそっち方面を示した。
「あっこは?」
――その階段は、夏の終わりに更科に『好きっぽい』と言われたところだ。
座ってても邪魔にならなかったし…少なくともあの時の放課後は、誰も通らなかった。
「…確かに放課後とかだと、あんま人も通らないかも…」
絵美ちゃんが頷いた。
「じゃあさ、まずは教室に人がいなさそうだったらそこで渡しちゃって」
あたしは教室のほうを指差す。「渡しにくそうだったら」と前置きしつつ生物室のほうを指差した。
「あえてそっちの階段のほうに回ってくからさ、そこで落ち合うようにすればどうかな?」
あたしの提案に絵美ちゃんは頷くと、「ガンバレ、弥生!」と弥生ちゃんの肩を叩く。
「う…うん…」
気合いを入れるように握りこぶしを作った弥生ちゃんに、あたしは思わず笑う。
「頑張れ、弥生ちゃん」
こっくりと、弥生ちゃんは頷いた。
トイレから教室に戻ると、眞清は本を読んでいた。
眞清の席は後ろのドアの一番近くの席だ。弥生ちゃんと絵美ちゃんが足早に眞清の傍を離れる。
呼んでいる本の残りのページ数は、大分少なさそうだ。
机の上には朝から出しっぱなしの箱と、あたしが贈った栞。今日も使ってくれているらしい。
なんとなく観察してしまいながら、あたしは席についた。
「放課後、図書室行くか?」
読書の邪魔にはなるが、そう声をかける。
「はい、そのつもりです」
眞清は視線を本に向けたまま応じた。
…やっぱり脳ミソどうなってんだ? とか思う。生返事じゃないところがスゴイ。
(っつーか…なんか週の半分は図書室行ってるよな…)
週に二、三回、眞清は図書室に行っているイメージがある。
ってことは、一日か二日で一冊読み切ってる計算になるわけで…。
読むの早いなぁ、と思いながらカバンを下ろす。
眞清がそっとあたしの背を見ていたことに気付かないまま、春那ちゃん達と雑談を始めた。
※ ※ ※
昼休みをはさんで、四時間目に国語、五時間目に英語、六時間目に音楽…。
で、今日は終わりだ。
掃除とショートホームルームが済めば、もう放課後。
美弥子さんに「顔を出して」と言われてるから学生会室に行かないとなぁ、なんてことを頭の隅で思う。
「克己」
呼びかけに顔を上げた。声から判断したとおり、益美ちゃんが立っている。
「明日、結果教えてね♪」
妙に楽しそうな声音で言われた。
何を、と聞き返しそうになって…箱の存在を思いだす。
バレンタインのプレゼントかもしれない、二つの箱。
未だに開けてない。だから、誰からの贈り物なのか、まだわかっていない。
「なんだったらメールで教えてくれてもいいから」
うふふ、と今も楽しそうな益美ちゃんに「ははっ」と笑って応じる。
報告する、ともしない…とも、言わないまま。
「じゃ、お先!」
益美ちゃんにヒラヒラと手を振った。
部活の先輩とかにも友チョコを配るらしい。
教室は、結構ざわついていた。
いつもこんなにみんな残ってたっけ? とか思う。
あたし、放課後になるとそんなにさっさと教室を出てってたかなぁ、とも。
「克己」
小さな呼びかけに振り返った。本を軽く持ち上げる眞清の姿が映る。
「…あ」
「?」
声をあげたあたしに、図書室に行こうとしていた眞清が立ち止まった。
「今日、教室で待ってるな」
「…? はい、わかりました」
眞清はまた不思議そうな顔になったが、頷いた。あたしはひらりと手を振る。眞清もまた、軽く本を上げて応じた。
なんとなく教室を見渡すと、当然と言うべきか…弥生ちゃんと絵美ちゃんがいる。
励まされているのか、別の話でもしているのか…そこまではわからないが、弥生ちゃんは絵美ちゃんと理恵子ちゃんに囲まれていた。
(さて、何をするか)
そんなことを思って、春那ちゃんの机の横にひっかかったままの紙袋が目に映った。
春那ちゃんは帰る支度をしている。
「春那ちゃん」
「なぁに?」
帰る支度の手を止めて、春那ちゃんがあたしを見た。
貰って机にしまったクッキーを引っ張り出して、問いかける。
「食べていい?」
「…朝も言ったけど、味の保証はしないわよ」
きっぱり言い切る春那ちゃんに思わず笑ってしまいつつ、開ける。
「いただきます」
春那ちゃんの「どうぞ」という声を聞きつつ、早速一枚口に入れた。
厚い、歯ごたえのあるクッキー。勝手にココアクッキーだと思っていたら、違った。
「…紅茶クッキー?」
もくもくと噛んで、問いかける。「そう」と春那ちゃんは頷いた。
「へぇ〜。おいしいよ、春那ちゃん」
飲み込んで、言った。紅茶の味がしっかりしている。
紅茶とかに詳しくないから、種類とかわからないけど…とにかく、おいしい。
「なんだ大森、さっそく食ってんのか」
更科の問いかけに「うまいぞ」と自慢する。
「一枚くれ」と手を差し出す更科に「ヤダよ」と応じる。「うまいから」と続けた。
「ケチだな」
苦笑する更科に「せっかく春那ちゃんがくれたモノ、ほいほい他人にやれるか」と言い返す。
「…克己ちゃん、おだてても何も出ないわよ?」
なんでか苦笑気味の春那ちゃんがそう言った。あたしは首を傾げる。
「おだてる? 本当のことしか言ってないぞ?」
あたしの言葉に春那ちゃんが一度目を丸くした。
ふと、笑う。…今度は苦笑気味ではない、笑顔で。
「お返し楽しみにしてるね」
「…あ、そっか!」
用意しなきゃ、と思った。
(この休みにでもなんか用意するかー…。益美ちゃんの分も用意して…)
何を返そうか? と、少しワクワクしてきた。
「手作りで」
続いた春那ちゃんの言葉に、あたしの思考は止まった。脳ミソにとどいて、理解して…「え」と言ってしまう。
「イヤ、ウチ、オーブンとかないし…!」
あたしはぱっと春那ちゃんが作ってくれたクッキーを思って…クッキーを作るのにオーブンを使うことくらいは想像できて…そう言う。が。
「楽しみにしてるね」
「え、ダメ!?」
にこにこと言われて「うをー」と頭を抱えた。