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⑥バレンタイン#2
<心模様>

「待ってたわ」
 学生会室に行くと、美弥子さんがにやっと笑った。
 …ってか、今日は学生会室に人が多い。
 顔ぶれを確認すると…お助け隊の面々で、男が多かった。
 学生会室にいた女の子は美弥子さんと、副会長の百瀬さんだけだ。
「…って、蘇我君、それは…」
「……貰いものです」
 美弥子さんの突っ込みに、眞清が応じる。机の上に置いた。
「よかったら、どうぞ」
 男の副会長、梶原さんが笑いながら「ケンカ売ってるのか?!」と言う。
「いえ…僕はあまり、甘い物が得意ではないので…」
 続けた眞清の言葉に「受け取ったならちゃんと食えよ」と別の男…確か安西とかいう名前だった気がした…が苦笑する。
「…問答無用で返品不可状態だったので」
 進んで受け取ったわけではありません、と眞清は淡々と応じた。

「…まぁ、ソレは後にして」
 美弥子さんが「注目」と言わんばかりに手を上げる。なんとなくさわさわとしていた学生会室が静かになった。…さすがは学生会長美弥子さんと言うべきか。
「バレンタインネタで…なんだかんだでこれだけの投書」
 美弥子さんが言いながら紙の束を押しつけるように手を載せた。
 十枚…もしかしたら二十枚くらいはあるだろうか。
「結構あるもんなんだな」
 感心して呟くと「そうね」と美弥子さんが頷く。
「鷲沢は女子の味方だからな」
 角刈りの、確か木島とかいう人がくくっと笑いながら言う。
「その割に、女友達少ないがな」
 梶原さん…副会長の一人がそう言うと、美弥子さんが顔を向けないまま「張り倒すわよ」と淡々と応じる。
「…で、よ」
 美弥子さんはおもむろにチョークを手にとって黒板に体育館裏、生物室、美術室裏、音楽室階段…などと書いていく。
「?」
 意味がわからん、とか思いつつ眺めていると、全部を書き終えたらしい美弥子さんがチョークを置いて、手をパンパンと打った。粉でも払っているのかもしれない。
「それぞれ、見張りに立ってて頂戴」
 美弥子さんの言葉に「…見張り?」と聞き返したのは、須藤さん。メガネをかけてる、垂れ目の人。
「モノをあげたい女の子の、邪魔者をそことなく除外して、ってコト」
 あんた達の顔なら立ってるだけで避けて通るわよ、と美弥子さんがひらひらと手を振る。
「何気に暴言じゃねぇか?」
 安西さんが腕を組みつつ言った。
 けど、安西さん、木島さん…とこの場にいるメンツは結構、体格ガタイがいい人がいる。なんか運動系の部活でもやってんだろうか。
 須藤さんと梶原さんはここにいるメンツじゃ細めに見えた。
(…あぁ、ある意味眞清が一番細いか?)
 こっそり、そんなことを思う。
 須藤さんと眞清の体格が似てるなぁ、なんてことをぼんやり思った。
「勝手に割り振ったけど、これでいいかしら?」
 気付けば黒板に名前が書いてある。
 あたしと眞清の名前も(当然というべきなのか)あった。
 体育館裏となっている。
「美弥子さん、誰が邪魔者かとか、すぐわかりそうなモン?」
 あたしは美弥子さんに問いかけた。
 美弥子さんは「わかると思うけど」と軽く黒板をノックする。
「挙動不審な女の子がいたら、まぁ大抵当人でしょうね」
 野郎の邪魔者のほうが多いと思うの、と美弥子さんは続ける。
「体育館裏、ヒトが少ないっちゃ少ないけど、部活中でもあるから…それで邪魔者になっちゃうかもね」
 そういうのをうまくかわしてほしいの、と美弥子さんは言った。
「…これで渡されるほうとか渡すほうの邪魔しちまったら意味がねぇな」
 あたしはぽりぽりと頭を掻いた。
 美弥子さんは「ソコは、うまくやって」と人差し指を上に向ける。
「丸投げかよ」
 確か寺中? とかいう名前だったと思う人が切り返した。
「そこまで大森さんの勘が悪いとは思わないもの」
 ねぇ、と美弥子さんに同意を求められる。
「…ここってあたしが頷いていいところか?」
 思わず眞清に問いかけてしまった。

※ ※ ※

 美弥子さんに言われたとおり、体育館裏にきた。
 きょろりと軽く見まわして、美弥子さんの言う『モノをあげたい女の子』…チョコを渡したいコらしき姿がないことと、邪魔者らしき姿もないことを確認する。
 二月十四日…二月中旬。今日の天気は晴れ。
 昼間の陽射しが温かかったが、さすがに放課後ともなってくれば日の当たりもそんなにあるわけじゃなく、気温は下がる。
 体育館に続く渡り廊下には屋根があって、ひとまず適当に足を止めた。
 この位置からならなんとなく回り…体育館裏とかの様子を観察することができそうだと判断する。
 足を止めたあたしに、眞清もまた足を止めた。
 渡り廊下は屋根とあたしの肘くらいの高さまでの横板…とでもいえばいいのだろうか…がある。
 肘をついて、その横板の上で指を組んだ。
 じんわり冷えてきた空気に組んだ指を外して軽く腕を擦る。
 上着は着てきたが、じっとしていると寒く感じるかもしれない。
「…冷えますか」
 眞清の問いかけに「いや」と応じた。
 眞清があたしの右側に立つ。あたしとは逆向きに、横板に背を預けるように立った。
 カバンを背負って行動していることもあるだろうが…やっぱり、隣にいる眞清存在にほっとしている自分がいる。…そんな自覚を、またする。

「しかし…あれだな、女の子ってすげぇな」
 ふと思ったことを口にした。
「…克己も分類的には女子では…?」
『分類的』という眞清の言い方に思わず笑った。そりゃそうだな、と思いつつ「まぁな」と応じる。
「女の子…っつーか、『恋するオトメ』ってヤツ?」
 あたしは眞清に振り返らないまま呟く。
 体育館のカーテンは空いていて、中の様子が見えた。
 バレー部とバスケ部が練習しているのが見える。ここからじゃわからないが、どっかに更科もいるかもしれない。
「――誰かを『好き』になると、そうなるモノか」
 それは独り言のつもりだった。…けど、問いかけるような口調ものになってしまったようにも思えた。眞清は応じない。

 …レオンを思う。――更科を、思う。
 あたしに『好きだ』と言ってくれた、二人。
 女の子も一緒なのだろうか。
『好き』という感情は――激情も、はらむものなのか。
『一緒にいるって言ったじゃないか――!!』
 レオンの声が自分の中で蘇えって、ツキリと傷痕が軋んだ気がした。
 浅く息を吐く。

「…眞清が自分の靴箱勝手に開けられるのは不快って言ってたじゃん」
 あたしは少しばかり話題を変えた。眞清が「はい」と応じる。
 今も眞清は横板に背を預ける状態で、あたしには眞清の表情は見えない。…多分眞清にも、あたしの顔は見えない。
「靴箱が開けられる程度はどうでもいいんだけどさ」
 言いながら、腕を組んだ。
 少し冷たい空気に震えそうな自分を押えこむためにそのまま爪を立てる。
 …いや、もしかしたら――。
「『好き』だっつーのは、少し怖いな」
 ――あたしの靴箱に入っていた贈り物を…そこに込められているかもしれない感情を『怖い』と思ってしまう自分を、押えこむためだったかもしれない。
 隣の眞清が動いたのがわかった。
 …あたしは、眞清に『好き』という…『LOVE』の感情が怖いと言ったことがある。
 だから、言えた。
 …あたしは、眞清が『克己を好きだ』と言っていたのを、盗み聞きしてしまったことがある。
 ――だから、言った。
 眞清があたしに『好きだ』と言わないように。
 …眞清に好きな人ができるまで――あたし以外の好きな人ができるまで、一緒にいるために。

「眞清は?」
「…はい?」
 動いた眞清は向き直っていた。あたしと同じように、横板に肘をつく。
 聞き返してきた眞清にもう一度「眞清は、怖くはないか?」と問いかけた。
「――僕は、まだ…そこまで情熱的に想われたことがないので」
 その言葉に、眞清のほうを見た。
 眞清は視線を正面へと向けている。体育館裏へと続く壁を観察するように。
「…眞清」
 眞清を見たまま、呼びかけた。
 眞清を見ているあたしに気付いたのか、眞清があたしへと視線を向ける。
 目が、合う。
 あたしは未だに腕を組んだまま、爪を立てていた。今も、力を込めたまま…緩めることができない。
「――今日貰ったチョコの中でいい感じの子がいたら…付き合ってくれていいからな」
 頭の隅で『変な言い方だろうか』と思った。
 でも…他にいい言い回しとか、思いつけない。
「――彼女ができたら、あたしの『背中』になってくれなくていいから」
 少し前に言ったことを、繰り返した。
 眞清が『好きっぽい』そういう態度を出さないから…出さずにいてくれるから、今は一緒にいて――眞清が優しいから、一緒にいてくれていて。
 …優しい眞清に、自己中なあたしは甘えている。
 眞清が隣にいてくれる居心地の良さ。安心感。――あたしから、それを手放すことができなくて。…でも、『好き』だと思われていることは、少し怖くて。
 もし離れる時は…眞清から離れることを、どこかで望んでる。
 ――あたしから、眞清を…眞清の傍の居心地の良さを手放すことはできないから。
「…はい」
 応じた眞清に安堵して――自分から言い出したくせに眞清が肯定したことが少し寂しいようにも思えて、意識せず笑った。寂しいと思ってしまった自分を振り払うために。
「まぁ、しばらくはいいですよ。…克己のお守をしてあげます」
「おもり?」
 あたしは大森だが…って違うよな、多分。
 ぱっとわかんなくて「重り?」と聞き返しながら指先で書き記す。
「違います」
 眞清は言いながら『守』と指先で示した。
「子守とかと一緒ですよ」
「…あーそーかよ」
 子守ね、と呟いて、細く息を吐いた。
(ごめん、弥生ちゃん)
 まだ眞清はあたしと一緒にいてくれるということは、眞清が好きな弥生ちゃんからすれば嫌なことだろうか、と思う。
 …それでも、ホッとしてしまった。
 眞清がしばらくはもう少し傍にいてくれると言ったことに。
 ――背中でいてくれると言ったことに。

 
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