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⑦卒業式の日
<少し早目のホワイトデー>

 三月には、一つの節目の行事がある。――卒業式だ。
 二月から予行練習を何度かしていた。
 私服学校の豊里高校は、卒業式にも別段着る服は決まってない。
 送るほうも、送られるほうも。
 一応『式』だから、あたしはいつもよりカッチリ目の服を着た。
 …っつってもよく見るとストライプの模様のあるシャツと黒いズボンなだけだが。

 卒業生はカラフルだった。とくに、女の子が。和服と袴を着ている子が結構いた。
 あたしの知っている女の子だと…涼さん、アサエちゃんが和服と袴だった。
 二人とも袴姿がよく似合っていた。…他の女の子達にももちろん、似合っていた。
 袴じゃない女の子はスーツを着ていた。
 美術部の部長さん…確かうつみんとか呼ばれてた…はスーツだった。
 男はほとんどスーツだったな。男にも袴のヒトがいたが、妙に目立っていた。
 紋付き袴ってヤツ? 初めて生で見た気がする。

 卒業生代表は、当然かもしれないが、元学生会長である冬哉さんが挨拶をした。
 送辞は、現学生会長である美弥子さんが。
 別れの儀式。…別れの言葉。
 寂しさがないわけではないが、涙が出るようなことはなかった。
 ただ…どうしても、『背中』に意識が向く。
 さすがに卒業式の時にカバンを背負っては行けない。
 教室で使っている椅子を使うから背もたれがある分マシっちゃマシだったが…それでも、背後のことが気になってしまってしょうがなかった。
 一クラスで二列ずつ、縦に並んで座る。
 後ろには、名簿番号で次の笠木。
 …何もない。起こったりしない。大丈夫。
 そうわかってるのに…そのはずなのに、緊張は解き切れず、卒業式の間中体が強張っていた。

「あ…アサエちゃん!!」
 卒業式が終わって、ひとまず体育館を後にして…あたしはアサエちゃんのいる教室クラスをつばきちゃんに教えてもらって、来ていた。眞清にも付き合ってもらっている。
 今はカバンを背負っているから、卒業式の時ほどの緊張感はなかった。
 …何よりも、眞清が傍にいてくれたから。
「へ? …キャーッ! 大森さんっ!!」
 テンション高いアサエちゃん。
 いつもカチューシャで前髪を押えていたけど、今日はピンとかゴムで髪をセットしているらしい。頭に着物と合わせた淡い緑色の大きなリボンをしていた。
 ちなみに着物は淡い緑色の地に、袖に大きな花…なんだろう? 椿? かな? 幾重にもなった花びらの立派な花が描かれているものだ。
「卒業おめでとう」
「ありがとーっ!」
 写真一緒に写って!! と手を掴まれた。ちょっと驚く。
 アサエちゃんのクラスの友達(多分)にカメラとケータイとで写真を撮ってもらった。
 アサエちゃんと二人で、眞清と三人で、ついでに何故かあたしと眞清の二人で。
「ありがとーっ!」
 テンション高いアサエちゃんは「妄想のネタ…!!」とカメラとケータイを掲げる。
 …ドレが妄想になるのか、わからない…。
(まぁ、いい)
 あたしは思考を切り替えつつ、もう一度「アサエちゃん」と名を呼ぶ。
 カメラを握ったまま首を傾げたアサエちゃんに「これ」と紙袋を差し出した。
「卒業おめでとう。…あと、バレンタインありがとうな」
 あたしを見上げるアサエちゃんに、笑う。
 猫がビックリした、みたいな顔をしていてカワイイ。
「貰ってやって?」
 つばきちゃんにも、アサエちゃんの教室を教えてもらうついでにお礼を返していた。
 本当はホワイトデーに返すのがスジなのかもしれないが…まぁ、日はいつでもいいじゃないか。…と、あたしは思う。
 益美ちゃんと春那ちゃんと…あと、美弥子さんにはまだ返してなかったけど。
 ホワイトデーは終業式の前で普通に学校に来るはずだが、卒業するアサエちゃんに渡すために今日に合わせて用意していた。益美ちゃん達には放課後、渡すつもりだ。
「…あ…っ! ありがとう! 嬉しい!!」
 キャヒーッ! と妙な声を上げる。なんとなく教室がざわついてるからそんなに目立つことはないが、そのテンションに思わずまた笑ってしまった。
「眞清と二人で共同のお礼になっちゃってるんだけど…」
「え?! 蘇我くんと二人で共同?!」
 アサエちゃんの反応に「一人で一つずつ返すべきだったか?」とか思った。
 眞清もあたしもアサエちゃんから貰ってたから、どうせなら共同で返しちゃえばいいかな、なんてあたしは眞清に提案して、眞清も「はぁ」とため息交じりに応じて…そのまま行動に移してしまったんだが。
「…ヨシ!!」
 ビシッと親指を立てるアサエちゃん。グッジョブ、と言わんばかりだ。
「…?」
 よくわからないが、ひとまず喜んでもらえたっぽいのであたしのほうも『良し』とする。
 帰ったら早速開けるー!! という宣言に「おう」と頷いた。
 最後のホームルームをやってから、三年生が先生に見送られつつ学校を出ていく。…らしい。部活とかの後輩からの見送りは、またその後だそうだ。
 …もし今日、部活や委員会の後輩が『送別』をするとなると、一旦正門を出てまだ戻ってくるというちょっと面白いコトになるみたいだ。
 部活によっては別の日にやるか、もう終わってるらしい。あたしはどの部活にも所属してないから部活での『送別』はない。
 ただ、涼さん、野里さん、冬哉さんが今の学生会の面々に「全部終わったら顔出して下さい!」と言われていたモンで、一回正門を出てからまた戻ってくる…と、なる。
 その時の『送別』に美弥子さんから声をかけてもらっていた。
 代議員としても参加する予定だったんだが、それとは別に…『支部室』を用意してもらったあたし個人として、声をかけてもらったらしい。当然、眞清も声をかけられていた。
「あ…大森さん!」
「ん?」
 それじゃあと言って、ひとまず教室に戻ろうと思ったらアサエちゃんに呼びとめられた。
「ちょっと今更なんだけど…メアドよかったら交換してくんない?」
 今のデータも送るし、と続いた。
 そういえば、アサエちゃんのメールアドレスは知らない。
「あ、うん」
 あたしはケータイをズボンの後ろポケットから取り出した。
 二ヶ月使えば大分操作にも慣れる。赤外線の送受信も、自分でちゃんとできた。
『ミモリ アサエ データを登録しますか?』
 画面にYESとNOと表示が出る。
 当然『YES』を選択して、登録が完了した。アサエちゃんにもあたしのデータを送る。
「ありがとー! 後でメールするね」
 アサエちゃんにあたしは「おう」と頷いた。今度こそ、眞清と一緒に教室を後にする。

「喜んでもらえてよかったな」
 アサエちゃんのテンションの高さを思いだして、ちょっとばかり笑ってしまった。
 ホームルームをやったら、今日は解散だ。
 その後は美弥子さんに声をかけられていることだし、学生会室に向かうつもりだ。
「そうですね」と言った眞清は『背中になる』と言ってくれたとおり、今も斜め後ろにいる。

 ――春休みに入れば。…下旬になれば。
(…あれから、一年か…)
 ふと、思いだした。
 あの日の海。あの日の眞清。…あの日、くれた言葉。
『克己の背中に、僕がなります』
 ――それを今も、実行してくれている眞清。

「…あぁ、克己」
「ん?」
 あたしは眞清の呼びかけに視線を向けた。
「今日…ちょっと図書室に寄ろうと思うので、学生室には先に行ってください」
 あたしは「おう、わかった」と頷く。
 教室に戻って席に着くと、間をおかずにクラス担任の松坂さんが教室に入ってきた。

 卒業式があっても、在校生であるあたし達にはあまり関係がない。
 …というか、まだ授業がある。終業式はもうちょい先だ。
 卒業式がある分、帰る時間が早いが…月曜日からはまた普通の授業だ。
 ホームルームが終わると、教室はまたざわついた。
 結構教室をさっさと出て行く面々も多い。
 部活の『送別』が今日だったりするのかもしれない。
(そういえば委員会と部活と被った場合どうするんだろう…)
 自分が好きなほうに参加するってな具合だろうか。
「大森って部活なんかやってたっけ?」
 前の席の更科が振り返りながら言った。あたしは首を横に振る。
「確か更科はバスケ部だったよな?」
 頷いた更科に「バスケ部はなんか三年になったりすんのか?」と問いかける。
「あー…、バスケ部は別になんもやらねぇよ」
 そんなに体育会系ってワケでもねぇし、と言う更科に「そぉか」と応じる。
「じゃあ今日はもう帰るのか?」
「うんにゃ。まだ」
 代議員で元学生会長達の卒業を祝う、と言った。
「ふぅん」
 更科の声を聞きつつ、なんとなく時計を見上げる。
 …そういえば時間とか聞いてないが、何時からなのか。

「おっさきー!!」
 益美ちゃんの声にはっとした。
「益美ちゃん!」
 あたしは呼びとめる。さっさか立ち去ろうとしていた益美ちゃんだったけど、あたしの呼びかけに「ナニ?」と立ち止まった。
 教室を出ようとする時と同じ軽い足取りであたしの席に近付く。
 あたしは紙袋の手提げから一つの紙袋を取り出して、差し出した。
「コレ。ちょっと早いけどホワイトデーってことで」
「……ちょっと早い…のも確かだけど…、なんで今日…?」
 心底不思議そうに言われてしまう。
「まぁまぁ、いいじゃん。はい、春那ちゃんも」
 そのまま隣の席の春那ちゃんにも手渡した。残り一つは美弥子さんの分だ。
 春那ちゃんが「ありがとう」と紙袋を受け取って、「手作り?」と言われる。
 …そう言えば春那ちゃんに手作りを期待されていたんだった…。
「…違う」
「残念。来年に期待するわね」
 クスッと春那ちゃんが笑った。小動物を連想させる…ふわふわした印象の、春那ちゃん。笑うと可愛さが激増する。
「…覚えてたら」
 小さく言えば「覚えてて」と春那ちゃんにある意味念を押された。
(うぅーん…来年…覚えてたら頑張るか…)
 実際頑張れるかはナゾだが。本当に覚えているかもビミョーだが。
 毎年毎年バレンタインにモノを貰っていたくせに、自分からは贈ったことがないし。
 眞清が立ち上がったのがわかった。
 振り返ると軽く本を持ちあげる。さっき言っていたこともあるし、図書室に行くのだろう。
 軽く手を上げて応じた。
 そのまま、壁に背を預けるように座り直す。
 …と、視界に手が映った。右側から…と手、腕、と視線を上げてって、相手を見つめる。
「…なんだ、更科」
「オレの分は?」
 あたしは「ナイ」と手を横に振る。紙袋の手提げに入っているのは、美弥子さんの分だ。
「うわ、きっぱり!」
「基本的に貰ったら返す主義だからな」
 っつーか、バレンタインに関しては『覚えてなかった』『忘れていた』ってのも用意してなかった要因だが。『友チョコ』っていうのも初めて知ったし。
(来年は…覚えてたら用意しよう)
 もう一度、そう思う。
「じゃあ…やったら、返してくれんのか?」
「……」
 続いた言葉に瞬いた。更科を見つめてしまう。
 その目を、見てしまう。
 ――更科もまた、あたしを見ている。
 茶色っぽい瞳。――青い瞳。
 眼差しが似ているように感じてしまうのは、なぜだろう。
 更科と…レオンと。
 どうして――似ている、などと…。

 浅く、息を吐き出す。
「…三倍返し期待されても、しねぇけど?」
 更科がゆるゆると瞬いた。
「…あ?」
 続いたのは間の抜けた声。
 あたしは更科からそっと視線を外す。…浅く、もう一つ息を吐き出す。
 春那ちゃんと益美ちゃんを見た。
「ゴメン、多分三倍返しにはなってないと思うけど」
 バレンタインの時、春那ちゃんが『三倍返しを期待する』と言っていた。確か。
「…冗談よ、克己ちゃん」
「今回は勘弁してあげる」
 春那ちゃんがまたクスッと笑って、益美ちゃんがそう言って、ニヤッと笑う。
「ありがとな」
 ちょっとだけ笑って言うと、カバンを背負って立ちあがった。
「じゃ、また月曜日」
 美弥子さんに声をかけてもらって、元学生会長と副会長の送別がある。
 何時か知らない…ってか忘れちゃってるだけかもしれないけど、早めに行っておけば問題ないってモノだろう。
 春那ちゃんと益美ちゃんと…それから、更科にも。
「それじゃあ、お先」
 ひらりと手を振る。眞清を待たないで、学生会室に向かった。

 
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