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⑦卒業式の日
<聞いてしまった言葉>

(あたしって、アホか?)
 学生会室に到着して、涼さん達と写真撮影したりして…。
 そろそろ解散、って時になって美弥子さんへ渡すために用意した紙袋を教室に置いてきてしまったことを思いだした。
 別に今日じゃなくてもいいっちゃいいが…せっかく持ってきたものだし、明日から休みだし、中身は食べ物だし…と考えて教室に取りに戻ることにした。
 美弥子さんには悪いけど、ちょっと学生会室で待ってもらって。
(…って、そういえば…)
 眞清が来てない。
 図書室に寄るとは言っていたが、いつもより時間がかかっているみたいだ。
 いつもだったらもう学生会室にきていてもいいと思うんだが。
 小走りで教室に戻る。
 静かな廊下で…みんな帰ったか、送別でいないんだな、なんてことを思った。
 なんとなく、三月に入っただけで陽射しがより温かくなったような気がした。
 桜とか…花はまだ咲かないけど、蕾や新芽がちょっとずつ動いているような気はする。
 春が来る。
 春は別れの季節で…出会いの季節でもある。
 そう、思いたい。
 別ればかりでなく、出会いもまたあるのだと。
 階段を上って教室へ向かった。
 教室のドアが閉まっている。
 何か、聞こえた。誰かいるらしい。
 ドアに手を伸ばして、止まってしまった。
 …いつかの、更科と眞清の会話が思いだされてしまう。
 ――聞いてはいけないものを聞いてしまった…そう思ってしまった、あの日。

『――克己が好きですよ』

 まさか。
 …そう何度も、同じようなことがあるわけがない。
 ドアに伸ばした手に、力を加える。
「だって、付き合ってないんでしょう?」
 ドアを、開こうとして…その声に、止まった。
 女の子の声だ。
 思わずドアに伸ばしていた手を引っ込めた。
 盗み聞きなんて、ダメた。…いっそ、今入ってしまえば大丈夫だろうか。
(でも――)
「そうですね。…好きだとも、言っていません」
 グダグダ考えている間に、会話が進んでしまった。
 なんか真面目な話をしてるっぽい。
 …と、いうか――。
(――眞清)
 女の子の声は、とっさに誰のものかわからなかった。
 …けれど、もう一方の声は、わかる。
 丁寧な口調もあるけど…声で、『誰』なのかすぐにわかってしまう。
「試しで、付き合ってみるのもダメ?」
「…すいません」
 眞清の謝罪する声が聞こえる。
「『友達』なんでしょう? …大森さんもきっぱり『幼馴染み』で『付き合ってない』って言ってたし…蘇我くんの片想いってことでしょ? …一緒にいても、辛いじゃん」
「…それでも、『試し』で誰かと付き合う気にもなれません」
 会話が着実に進んでいく。
 眞清と話しているのは複数みたいだった。ひとまず、二人の…眞清と合わせて三人の声。
「それが弥生じゃなくても?」
『弥生』という名前にビクッとしてしまう。
 ――教室にいるのは、眞清と弥生ちゃんと…絵美ちゃんだったりするだろうか。
「…そうですね。…今は――」
 …ダメだ、これじゃあまたあの日と同じだ。
 盗み聞きになってしまう。盗み聞きしてしまう。
 足、動け。一回ここから立ち去れ。
 美弥子さんには悪いけど、もう少し待ってもらって――。

「克己と一緒にいたいと、思います」
「あ、克己ーっ!」

 眞清の声と…廊下であたしを呼ぶ声はほぼ同時だった。
 あたしはまたビクッとしてしまう。
 あたしに呼びかけたのは…益美ちゃん。
「? どうしたの?」
「え…。あ…、いや――」
 言葉が出てこないあたしに益美ちゃんは首を傾げた。
 すたすたと近付く。隣に並んだ。
「? こんな所で、どうしたの?」
 益美ちゃんはガラッとドアを開ける。躊躇も何もない。
「…忘れ物を、取りに…」
 教室にはこっちを見ている、しかも眞清の席の傍…ってか今開けた後ろのドアの傍に立っている弥生ちゃんと絵美ちゃんと眞清…それから理恵子ちゃんの姿が映った。
 益美ちゃんは眞清達を見て特に何も言わず、あたしに視線を戻して「あたしもー」と笑う。
「送別会っつって、一応プレゼント用意したのにさー。そのプレゼント忘れちゃって」
「…そのままあたしも、だ」
「アハハッ」
 益美ちゃんが笑いながら自分の席に向かう。
(あー…ちょっと違う、か)
 益美ちゃんの言葉に応じてから、思った。
 あたしが用意したのは美弥子さんへのお返しで…三年生への送別のためのプレゼントモノではない。
 そんなことを考えながらも、あたしも今更ながら、教室に入った。
 眞清の前の、あたしの席。…顔が、上げられない。
 眞清達が、見れない。
 あたしは美弥子さんに渡すための紙袋を手にした。
(…そーいえば、涼さん達に卒業おめでとうってなんか用意すりゃよかったな…)
 アサエちゃんからは『貰ったから』というお返しで用意したけど、喜んでもらえた。
 涼さん達にも何か用意すれば喜んでもらえたかもしれない。
 ――そんなことを考えて、思考を切り替えようとする。
 美弥子さんへのお返しを手にした。
 顔を上げて…視線を、上げる。――弥生ちゃんと、目が合う。
 手にギュッと、何かを持っている。…見覚えがある気がする――青い、ギンガム・チェックの…紙袋。
 弥生ちゃんがあたしを見ていた。
 …絵美ちゃんと理恵子ちゃん…眞清も、あたしを見ていたことに気付く。
 弥生ちゃんから眞清に視線を移した。
 あたしは浅く、息を吐き出す。
「――眞清、送別終わったぞ?」
「…え? …あぁ、そうですか」
 あたしは「おう」と頷く。
 紙袋荷物を持った益美ちゃんがドアに近付いた。
「今日、先帰ればいいか?」
 あたしの用事は、美弥子さんに渡せば終わりだ。次の電車には余裕で間に合う。
 …眞清は…弥生ちゃん達はまだ、話が済んでないかもしれない。
 そう思って、問いかけた。
「…そう、ですね。もしかしたら電車は同じかもしれませんが」
 眞清の答えに「そうか」と応じて、ドアに向かう。
「じゃあひとまず、お先」
 益美ちゃんと並ぶと、ドアを閉める。
「あれ、蘇我君は?」
 ドアを閉めたあたしを見上げつつ、益美ちゃんが言った。
「…話中みたいだ」
 そう応じると益美ちゃんがドアを見る。…その向こうにいる眞清達を見るように。
「……ふぅん」
 何か言いたげな雰囲気ではあったが、益美ちゃんは何も言わない。そのままあたしと並んで、足を進めた。

 
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