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③棚卸
<作業>

「……なんでこんなことになってるんだ」
「知りませんよ」
 別に答えてやる義理などなかったのだが、同意見だったために思わず声が漏れた。
 春休みに突入し――3月の最終日。
 なんだかんだで『空きがあったら』と消極的な参加表明をしていた眞清もまた、克己と共に更科に誘われたバイトに参加していた。
 それはいい。
 ――眞清であったら、仮に空きがあっても好かない人間に声をかけたりしないのだが。
 更科はウソを吐くほうが面倒だ、とでも思ったのだろうか。
 言い訳なんて、どうにかなる部分もあるだろうに。
 …それはいい。更科の考えなんて眞清には関係のないところだ。――だが。
「なんでオレが蘇我と組むハメになるんだよ…」
 ブツブツぼやく更科に「だから知りませんよ」と脳内で繰り返した。今回は口に出さずに。

 棚卸の単発バイトは、二人一組で作業することとなった。
 二人でそれぞれ確認して二重確認の時間短縮…というのが目的らしい。
 動きやすい恰好で、一応軍手も用意して…という指示を更科から克己経由で聞いていた眞清は軍手を装着する。
 眞清はクルーネックの長袖Tシャツでチノパン、更科は七分袖のプリントTシャツにジーンズ…それから緑色の店名入りのエプロンという恰好をしていた。
 ちなみにこの場にはいない克己はVネックの長袖Tシャツにジーンズという格好だ。
 二人一組という組分けは、店側から指定された。
 うまくすれば、克己と一緒に作業を…克己の背中としてやりやすく…できるかと思ったが、やはり仕組まない限りそううまくいくことでもない。
 克己は他の高校生バイトの女の子と組んで作業しているはずだ。
 ――克己と組めなかった、というのはまぁいい。
 だが、なんでか眞清は更科と一緒に組むことを指示された。
『えっ』
 更科は思わずというように声を上げていた。眞清も声を上げることはなかったが、内心ではそう思った。
 克己と組めればいい…と思っていたが、更科と組む可能性は除外していた。
 …まさか、組むことになるとは思っていなかった。
(一応男女別ってことなんですかね)
 セクハラだのなんだの、店側でもいろいろ考えなくてはいけないこともあるのかもしれない。
 …それにしたって、あえて眞清と更科を組ませてくれなくてもよかったのに、とは思う。
「あ゛ー…とりあえず、やるか」
 渋々というように更科が声を上げた。背後から『嫌々』という気持ちが滲み出るような表情かおをしている。
 感情豊かで素直、といえば聞こえがいいだろうか。
 ぶっちゃけてしまえば感情の起伏をオブラートで包めない隠せないガキ、とか眞清は思う。
 …とかいう思考は表に出さないまま眞清は「はい」と応じた。
 商品コードと商品名が記載され、その右側に数値が書けるようになっている紙をクリップボードに挟んで持っていた更科が、それを眞清に押し付けるように手渡す。
「オレ先に数えっから、次蘇我やれよ」
「わかりました」
 眞清はクリップボードを危うく落としそうにしながら、ひとまず落とすことなく受け取った。
「えーと…コード」
 数字の羅列を更科が口にする。商品コードは昇順で記載されていた。
 更科が口にしたコードを探し出し、眞清はその隣に記載されている商品名を聞き返す。
「ああ、それ。えぇと…にぃ、しぃ、ろぉ、やぁ、と…」
 更科が数え、口にした数量を眞清はクリップボードの紙に記載する。
 そんな単純作業を、淡々と進めていった。

「感心感心」
 更科が先に数え、眞清が記載し…と一列が終わり、次は眞清が数える番で二度目の確認に入ろうかという時にそんな男の声が聞こえた。
 少しばかりぽっちゃりしている、三十代後半か四十前半くらいに見える『穏やかなお父さん』という印象の男だ。
 ネームプレートと、緑色の店名入りのエプロン。おそらく社員だと思われた。
 思わず手を止めて注目する。ネームプレートには『川崎』と書いてあった。
 ――別に『感心』されるようなことはしていないと思った。
 黙々と…実際には口頭でコード確認や商品名の確認をしているため『黙々』ではないが…作業をしていたのは、さっさとやって、ちゃっちゃと分担された分を終わらせて、眞清が更科から離れるためで…多分、更科も同じ考えで、眞清も更科も互いから『離れる』という共通の目的のため、作業を機械的に進めている。
 今のところ、潤滑に進めることができていた。
 商品コードと商品名の口頭確認はあったが、二人の間に私語はない。
「いやぁ、おしゃべりばっかしてたりふざけられたら困るな、とか思ってたけど、全然そんなことないね」
 川崎の言葉を聞きつつ、眞清は微かに目を細める。
 ――心の中で『更科と私語のネタ喋ることがない』と思った。
 更科が「そーっすか?」と適当な相槌あいづちを打つ。
 学生バイトの見回りと、棚卸の進み具合の確認をしているらしい川崎はにこにこと笑顔のまま、「最後までよろしくね」とその場を立ち去った。

 川崎が棚の向こうに消え、しばらくすると「蘇我と喋るようなネタがねぇよ」と更科はぼやく。毒づいた、と言えた。
 眞清はそんな更科のぼやきにフッと息を吐き出す。更科のぼやきには、同意見だ。
「そうですね」
 そうやって小さく応じた眞清は眞清で、更科の毒づきに鼻で笑ったと言えた。
 ボソリと更科が「…ムカつく」と呟く。隠す気はないのか、バッチリ眞清にも聞こえた。
 更科の呟きに「そうですか」と眞清は別段動じない。
「…クソ、なんで蘇我と組まされたんだ…」
 最初の不満が戻ってきたのか、ブツブツと更科は呟いた。眞清は「知りませんよ」と、今度は声にしないまま思う。
 ただ、先程の社員…川崎の様子から、同じ学校の生徒だから組まされたのではないだろうか、と予測した。
 疑問なのは「おしゃべりばっかしたら困る」と言うのなら、その危険性リスクを伴わない組み合わせにすればいいではないか、とも思う。――いや、眞清と更科が『私語ばかりする』ように見えたのもやや心外ではあるが。
「――大森のヤツ、なんでこんな性格の悪ぃヤツ信用してんだよ」
 更科の口から出てきた『信用』という言葉を、眞清は意識せず自分の中で繰り返した。
 更科の言い様では、まるで克己が眞清を信用している、と言ったように聞こえる。
 克己がそんなことを言ったのだろうか。…けれど、その場合…。
(…どんな話を話をしていてそんな話題はなしになるんでしょうか)
 そんなことを思う。
 そんなことを思いながらも――克己が他者にそう言う程度に、眞清が克己の『信用』を得られていることが、嬉しくもあった。
 ブツブツ文句を垂れている更科ではあるが、棚卸はきちんとやっている。
 先程までは眞清がやっていた、確認した商品の数をクリップボードに挟んだ紙に記載していた。商品コードや商品名の口頭確認の合間合間に、今溜まった苛立ちを散らせるように口を動かしている。
 眞清は本を読みながら返事をすることはできるが…更科の記載と愚痴とを同時進行する様はある意味器用だな、とも思った。どちらも変わらないどっこいどっこいだろうか。
「…性格の悪さと信用のする、しないは関係ないんじゃないですか」
 眞清は思わず口を開いていた。――もしかしたら、更科が克己のネタを口にしたから。
『眞清ってヤなヤツだけど…意地も悪ぃけど、イイヤツだよな』
 以前、克己はそんな矛盾したことを言った。その矛盾っぷりに眞清は思わず「はい?」と聞き返したけれど…克己は確かに、そう言ったのだ。
「なんだよソレ。大森にとって蘇我の性格の悪さが関係ねぇみてえじゃん」
 ムカつく、と小さく繰り返した。小さくても、やはり眞清には聞こえる程度の大きさの声だ。本人の前で堂々と『ムカつく』と口にするのは、ある意味潔いと思う。カゲでこそこそ不満を口にしといて、本人の前ではへらへら笑っておべっかを使われるよりはマシだ。
「…付き合いの長さはあるかもしれませんね」
 眞清は自分の性格がいい、とは言わない。自己申告できるほど『イイヤツ』である気もない。それでも、克己が眞清を『背中』として認めたのは…やはり、小さい時の幼馴染みとしての付き合いの時間があったからだろう、と予測していた。
 そもそも、その『幼馴染み』という関係があったからこそ、今、克己との付き合いがあるのだろうが。
「――幼馴染みって、いつからの付き合いなんだ?」
 更科の問いかけに眞清はまずは商品の数を返した。
 次に数える商品コードのナンバーを続けて言って、更科が商品名を言い返してくると、一人で頷く。
「幼稚園に入る頃です」
 眞清はようやく更科の問いかけに応じてから、数を数えた。
「…長ぇな」
 更科はふん、と鼻を鳴らす。それは「別に妬みはしねぇけど?」と強がる言葉の代わりに思えた。
「…8年の空白ブランクがありますからね。更科が思うよりは長くもないんじゃないですか」
「幼稚園に入る頃からの付き合いで8年のブランク? ――それでもトータル4、5年はあるじゃねぇか」
 意外とさっくり計算した更科に内心感心しながら、眞清はそんな様子は欠片も見せずに「そうですね」と応じる。
「4、5年だって短くはねぇだろ」
 棚卸は続けながらも、今は私語を挟みつつ進めていた。
 それでも、進み具合は一度目とあまり変わりはない。
「まぁ、更科よりは」
 商品コードと商品名、その数…を挟みながらも、会話が進む。
「…やっぱお前性格悪ぃよな」
 むっとしながら言った更科に眞清は「どうも」と応じる。
「褒めてねぇけどなっ」とやや吼えるような更科に眞清は目を細めただけだった。
 思わず雑談してしまったけれど、…こんなところでなんで克己のネタで話しているのか、と今更ながら思う。
(…まぁ、更科と話せることといえば克己の話題くらい…に、なりますかね)
 推理小説好きの眞清とバスケ部の更科…。テレビや本といった娯楽の部分で眞清と更科が重なるというのは、正直想像できなかった。

※ ※ ※

 9時になる前に、眞清と更科は割り当てられた場所の棚卸を完了させることができた。
 …それはいいのだが、なかなか素早く棚卸を進めることができた――互いに互いから離れるために、あまり無駄口を叩かず着々と作業をした――二人は、別の場所の棚卸の手伝いもした。仕事だ。早く終わればその分他の手伝いに回されるということはわかるのだが…『なぜ』と、思ってしまった。
 さっさと離れるために素早く行動をしていたはずなのに、結局みっちり最後まで眞清は更科と組んだまま行動をするハメになった。

「今日はお疲れ様でした」
 学生バイトは9時まで。
 それ以降の時間は多分、社員と成人したアルバイトやパートが進めるのだろう。
 学生バイトが一旦集合させられ…とは言っても眞清達を合わせても10人程度…バイト料は後日銀行に振り込まれる旨を伝えられる。途中眞清と更科の棚卸の進み具合を感心していた川崎に「助かったよ」と声をかけられた。
「また今度の棚卸も都合が良かったら顔を出してね」
 にこにこと笑顔を浮かべながら言われて、眞清は言葉では応じず、笑みを浮かべるだけにとどめた。
 今度の棚卸…なら多分、一年後。
 おそらくその場限りの口約束ノリだとは思うが、明確に返事をして――万が一川崎が本気で言っていたとしたら「あの時のことだけど」…なんて、声をかけられても困る。
 まぁ、その『万が一』が来たところで、断ればいいだけのことではあるのだが。
「お世話になりました」
 眞清は軽く頭を下げる。にこにこ笑顔の川崎が「お疲れ様」と繰り返した。

 
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