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⑤ココロ
<どちら>

「僕も、映画館であまり観ないですね」
 そしてDVDやテレビ放映の映画も眞清はあまり観なかった。
 眞清は基本的にあまり映画を観るほうではないのかもしれない…と、先程自分自身を分析したばかりだ。
 けれど、そこまではあえて口にしなかった。訊かれていないことまでは答えない。
「そっかぁ。まぁ、高いもんなぁ…」
「なんで急に映画なんだ?」
 眞清が思ったことを、克己が益美に問いかけた。
「報道部でね、もうちょっとエンタメ性の高い新聞を作ってみないか? ってコトになって…」
 益美は答えつつ、目をくりくりと輝かせる。
「ひとまず、『豊里高校で人気の映画はナニか?』ってコトになったの」
「…それで映画か」
 聞きながら、報道部も色々大変だな、と眞清は思考の隅で思った。
 …その分、なかなか興味深い記事もあったりするが。
「まぁ、後でアンケートもしようとは思ってるんだけど…。手始めに、ね」
 くるりと指先を回した後、狙い撃ちをするように克己…もしかしたらこの場の面子…を益美は示した。
「…あ、はるちゃーん!!」
 益美は一人の女の子に気付くとその女の子…春那の元へと足を進めた。
 おそらく、同じ質問を繰り返しているのだろう。
 ハキハキしている益美だが、さすがに教室の中側の一番前にある春那の席付近の声までは聞こえなかった。
 ちなみに益美は廊下側から二番目の前からも後ろからも中側の席だ。以前の春那の席の一つ前の席になる。
「そういえば今って映画館だと何やってるんだ?」
 克己がふと誰ともなく口を開いた。
 そういった情報は益美が詳しそうだ、などと思うが益美はこの場にいない。
 更科が「知らねぇなぁ」と応じる。
「眞清は? なんか知ってるか?」
 克己の問いかけに、一度本に視線を落とした眞清は顔を上げた。
「はい?」
 聞こえていたのだが、確認するように克己に促す。
「映画。今何やってるか」
 眞清の反応に克己は応じた。
「…『今』は、なんですかね」
 眞清は言いながら克己に振り返る。体の向きを、克己へと向けた。
 必然的に更科を横目に見ることになる。
 視界の隅で更科が眞清をじとーっといわんばかりに見ていることに気付いたが、それに対することを何か言ったりはしなかった。
「…さっき若月に声掛けられてただろーが」
 ぽそりと更科が一言。
 決して大きな声で弥生から声をかけられていた眞清ではなかったが、前後の席という席順近さで聞こえてしまっていたらしい。
 先程弥生が言っていた、『久遠の森』のことだろう。ただし、それは…。
「今度の土曜日からと言ってました」
 弥生はそう言っていた。更科に『今』ではない、と言外に告げる。
 眞清の答えに更科が「そーかよ」と呟いた。「いちいち腹立つ」とぼやいたのも聞こえたが、眞清は反応しない。
「大森はどういうのが好みだ?」
 するりと話題転換をして、更科は克己に視線を向けた。
「ん? そうだなぁ…。あんま痛くなさそうなアクションモノか、コメディっぽいのがいいかな」
「…痛くなさそうなアクションってなんだ」
 更科は突っ込んだが、眞清はなんとなく克己がその選択をした理由がわかった気がした。
 ――克己はきっと、強く殴られたり刺されたりするような…傷付けられるような映像を好まない。
 自分自身に起こった事実ことを連想してしまうのだろう。
 大切な誰かヤツに背中を刺されてしまった過去ことを彷彿させてしまうのだろう。
「戦うにしても軽い感じのがいいな。いっそアニメとか」
「…大森って意外とオタク…?」
 更科のぼやきに「どうかな?」と克己は首を傾げる。
「ってか、オタクっていうとなんだ?」
「え」
 克己の切り返しに更科が声を上げた。その切り返しはもしかしたら想定外だったのかもしれない。
 眞清は更科のフォローのためではなく、克己の問いかけに応じるために口を開いた。
「アニメとかマンガとか…そのキャラクターが非常に好きな人、といったところでしょうか」
 より正確に調べていけば違う答えとなるのかもしれないが、眞清の認識では更科の言う『オタク』はそんなイメージだった。
 克己は「ふぅん」と頷きつつも「別にそんなにアニメもマンガも見ていないが」と続ける。

「…なぁ、大森」
 更科の声掛けに克己は「ん?」と応じた。
「今度さ、映画でも観に行かないか」
 ゆるゆると克己は瞬いた。更科から眞清に視線を向ける。
 目が合うと、更科に視線を戻した。
「…悪い。意外と人混みが苦手なんだ」
「蘇我と同じかよ」
「…――」
 更科の物言いに、眞清は意識せず目を細める。
 克己は「ははっ」と少し笑った。
「ナニナニ、映画? みんなで一緒に行く?」
「どあっ?!」
 突如話題に入りこんできた益美の声に更科が動揺の声を上げた。
 克己にばかり集中していて、背後から来ていた益美と春那の存在に気付いていなかったらしい。
「おー、そういえばみんなで映画とか、行ったことないな」
「だって克己、買い物とかだって一緒に行かないじゃん」
 少しばかり頬を膨らませつつ、益美が文句を言う。
「ごめん」と謝罪する克己に「別にいいけど」と笑った。
 …克己が『他人誰か』に背中を晒すのが苦手だということを、益美は知っているのだろうか。
 眞清は克己が誰に『背中を晒すのが苦手だ』と告げているのかは知らない。
 けれど、今の益美の言い様だと、なんだか『わかっている』ようにも思えた。
 そういえば今年の1月、益美と春那と克己と…ついでに眞清と…初詣に行った。
 その時克己に『込んでなければいい』と確認していなかったか。
(では…『知っている』ということでしょうか)
 克己が背中を晒すのが苦手になった過去理由を『知っている』のか、それとも…ただ克己が背中を晒すのが苦手だと『わかっている』のか。
 どちらでもいいことだ。言ってしまえば、どうでもいいことだ。
 …なのに、気になる。――気にかかる。
 克己に関わることだからだろうか。
「…『みんな』じゃ意味がねぇっての…」
 頬杖をつきつつぼやいた更科の言葉を、眞清の耳は拾った。
(…克己と二人で出掛けたい、ってことですか)
 ガッツリ距離を縮めようとしているらしい発言の更科を思わず見ると、視線に気付いたのか更科が眞清を見つめ返す。
 強い視線で、真っ直ぐに。
「ムカつく」
 半ば睨むようにしながら言われた一言に眞清は瞬いた。
 克己と二人で出掛けることは、眞清としては別段珍しいことではない。
 登下校も一緒のことが多いし、土日も一緒に行動することが幾度もある。
「…どうも」
「褒めてねぇよ」
 舌打ちしそうな口調で…けれど実際舌打ちすることはなく、更科はぼやく。
 ――真っ直ぐな更科。
 思いのままを口にする…オブラートも何もない性質ヤツ
『そう』なりたいとは思わない。
 今更、今までのこの自分を変えたいと…変えようとも思わない。
 けれど。
(――ああ)
 きっと、更科とは克己のことさえなければろくに話もしなかった。
 …今だってろくな会話なんてしていないに等しいけれど。
 それでも…克己のことがなければ、こうやって関わることもきっと、なかった。
 眞清に友人がいないわけではないが、眞清の友人に更科タイプはいなかった。
 そもそも、関わろうと思われる…関わるきっかけのあるタイプではなかったから。
 更科の真っ直ぐさ。克己に思いを告げた潔さ。
 ――眞清が持っていない性質モノ
 克己に受け取られない想いを告げて、その想いを知られて…その想いを恐れられている更科と。
 克己に受け取られない想いだと知っていて…その想いを知らせず、傍にある眞清と、どちらがいいのだろう。
(――『どちら』も、ないですね)
 眞清は望んだ。…克己の傍を。
 だから、眞清は選んだ。――言わない、と。
 なのに――…。
「なんかこの頃眞清と更科仲いいよな」
「誰が誰と仲がいいんだっつーの!」
 克己の一言に更科が反射のように応じる。「心外です」と、眞清は心の中だけで呟いた。言葉にはしない。
 更科の反応に益美と克己が笑い、春那が苦笑のようなモノを浮かべるのが見えた。
「笑うトコじゃねーしっ!」
(そうやって反応するから、余計に笑われるんじゃないですか)
 更科の一言に内心突っ込みをかます。やはりここでも、言葉にはしない。
 そんなそれぞれの様子を…今も会話を続ける克己と更科を見て、思う。
 更科の想いを受け入れることはなくても――友人としては普通に付き合う克己。
 クラスメイトとしては、当然の行動ことなのだろう。
 それでも…克己と更科が二人で会話している時など、勝手に『苦しい』とチリチリと焼けるような気がする心臓は、なんて勝手なモノだろうか。

 
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