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⑥傍
<お助け隊>

「…なんか?」
 眞清は続きを促すように聞き返した。
 克己はふっと息を吐き出す。
「そろそろクラスマッチだな」
「…? そうですね」
 ――今、何か話題を逸らされたのだろうか。克己の中で話題を変えたのだろうか。
 そう思ったけれど、眞清は問いただすことはしない。
 此処で自分がした『こと』を思い返していて…眞清の中で妙な罪悪感のようなモノが生まれていたからかもしれない。
「眞清は何に出るとか決めたか?」
 克己の問いかけに眞清は瞬いた。
 クラスマッチは、学年ごとクラス対抗で行う高校内の陸上競技会みたいなものだ。
 昨年、眞清は800メートル走に出た。結果は最下位ではなかったが、あえていうほどいい結果ものでもない。克己は確かハンドボール投げに出ていた気がした。
 克己も、特別上位ではなかった気がする。
 ただ、克己の場合…どの競技であってもどうしても背中に気を向けてしまうのだろう。
 本当の、克己が背中のことを気にしないままでの実力を眞清は知らない。
 …幼いころの記憶印象では、克己は運動神経がいいようなイメージがあるが、それは眞清が小さい頃から『自分があまり運動が得意ではない』から、というフィルターがあって、克己に対する印象が『(自分より)運動神経がいい』となっているのかもしれない。
 ちなみに、現状でもそんなに運動神経がいいとは言えないと思うし、特別得意とも言えない。
 体育の授業をさぼったりすることはなかったが、球技も陸上などの身体競技も特別好きだとも思えなかった。
「そうですね…去年と同じようなものでしょうか」
 眞清は瞬発力が試される100メートルやハードル走以外がいい、と思っていた。
 なんだかんだで残っていたのが800メートル走で、それに出場することにしたのだ。
「去年はなんだったっけ?」
「800メートル走です」
「…あぁ、そういえ眞清ぐるぐる走ってたか」
 800メートル走は、グラウンドを約3周走る。
 克己の発言に「えぇ。まぁ」と頷く。
「あたしも去年と同じの狙いかなぁ」
「ハンドボール投げでしたっけ?」
「おう。…って、眞清よく覚えてるなぁ」
 心底感心するような克己の呟きに「そうですか?」と応じた。
 …ただ、それは相手によると思う。
 クラスメイトで仲が悪くない御厨みくりやが去年何に出ていたかは覚えていないし、同じ800メートル走競技に出たメンツがもう一人いるはずだが、眞清はその『もう一人』が咄嗟に思いだせなかった。
 ――克己だからだ。
 克己の背中になると言った。
 …今も、そう思って実行している。
 傍にいる。…傍らに、いる。いたいと、思っている。
(克己だから、です)
 …克己の『こと』だから、覚えていた。
 声にしないまま、思う。細く、息を吐き出した。
「そのうちクラスマッチの競技決めもあるでしょう」
「だな。まぁ、代議員より体育委員が取り仕切ってくれるだろ」
 昨年、眞清と克己は支部室を利用するため…学生会室に出入りしていても不審に思われないため、代議員となった。
 今年度もまた、結局代議員をやっている。克己ばかりではなく、昨年度に引き続き、眞清も代議員だ。
「そうですね」
 代議員とは言っても、会議がチラホラあるくらいで意外と面倒はない。
 眞清はそんなに成績を落としているわけでもないし、素行もさして外れていない…はずだ。内申書のことを考えてみても、悪くないだろう。
「ちょっといーい?」
 眞清と克己が雑談を続けている途中、そうやって別の声が入ってきた。
 それは、学生会長の美弥子の声で。
「おう」
 支部室此処を使わせてもらう条件…『学生会の手伝いをする』を実行するために、克己も眞清も立ち上がった。
(面倒事でなければいいですが)
 こっそりそんなことを思いつつ、眞清は克己に続いた。

「そろそろクラスマッチ」
「だな」
「ああ」
 美弥子の言葉に学生会室にいた面子が声を上げたり頷いたりした。
 折しも、眞清達が話していた内容ことだ。
 学生会の椅子は、ほぼ埋まっていた。
 椅子に座らず立ったまま話を聞いている面子もいるため、なんとなく窮屈な印象になる。
 …眞清と克己も立ったまま話を聞いている面子ほうなのだが。
 壁に背を預ける状態の克己の隣に、眞清もまた並んでいた。
「…で」
 一番奥…窓側の席に腰を下ろしている美弥子は、言いながら一枚の紙を掲げた。
 眞清はそれが紙だということはわかるが、書いてある内容までは判断できない。
「意見箱に入ってたヤツなんだけど」
 美弥子は掲げた紙を自分の手元に下ろして、視線を向けた。
「クラス対抗の陸上クラスマッチではなく、全校対戦の球技大会のようなモノにしてほしい」
「…今更変更は無理だろう?」
 紙の内容を読み上げたらしい美弥子に、眞清の斜め前…体格の良さそうな、出で立ちから体育系の部活に所属していそうだと思える…男が声を上げた。
「そうよね。あたしもそう思うわ」
 美弥子は言いながらひらりと手を振った。今も持ったままの紙も一緒に揺れる。
「ただ…ちょっとだけ、お遊び要素の競技をプラスしてもいいんじゃないかな? って思ったの」
「お遊び要素?」
 副会長の梶原が聞き返した。
 美弥子は梶原に頷いて、視線を再び集まっている面子に戻す。
「例えば、だけど…ムカデ競走とか」
「小学校の運動会かよ」
 美弥子の発言に、梶原の傍にいた男が苦笑するように言った。その男は髪が長い。一つにまとめて縛っている克己と同じくらいはありそうだ。
 ただ、その男は髪をしばってはいなかったが。
 美弥子は手を広げながら「例えば、って言ったでしょ」と続けた。
「で…こういう提案を体育委員に出す前に、周りの意見を聞いてみてほしいの」
 クラスマッチまではまだ時間があるから、と美弥子は教室内の黒板に視線を向けた。
「…まぁ、クラスマッチに仮に組みこめたとしても一つの競技で、準備に手間取らないモノ。――いっそのこと、お遊び計画ってことでサプライズっぽく、内緒で計画を進めてもいいかもね」
「あぁ、それはちょっと面白そうだな」
 真ん中辺りに座っていた一人が声を上げる。
 そいつもまた、男だ。
 …今更眞清は気付いたが、学生会室が窮屈な印象になっているのは、教室の半分程度の広さ――大体半分で大きな棚で仕切られている――という実質的な『面積』の話ばかりではなく、立って話を聞いている面子もいるから、ということだけでもなく…教室の半分という面積で、その場にいる過半数が野郎だけだからだろうか、と思った。
 女性は会長の美弥子、副会長の百瀬、克己…と3人だけだ。
 全体の人数としては10人を越えている。さっと数えてみたら、14人だった。
 しかも結構体格ガタイのいいのもいる。
 だからというべきか…余計に窮屈な、狭苦しいような印象を抱かせるのかもしれない。
「というわけで…できれば多く、意見を聞いてみてほしいの。ただ、実施に至るかは不透明だからそんなに大げさには動かないで」
 美弥子はヒラヒラと手を振った。
「クラスマッチの時に、お遊び計画があったほうがいいか?」
 美弥子と克己のちょうど間辺りにいる男が声を上げた。
「ざっくり言えばそうね。ただ、さっきも言ったけど実施までできるか微妙だからそれとなく訊いて、意見を集めてみて」
 期間は来週の水曜日まで、と美弥子は黒板を示した。
 今日は水曜日。
 来週の今日までに意見を集めろ、ということのようだ。
「ヨロシク」
 美弥子はそう言うと、「解散」と言わんばかりに軽く手を上げた。
 心得ているように、学生会室に集っている面子は立ち上がったり、さっさと学生会室を出ていったりする。
 相変わらず、というべきか…。
(女王と家来のようですね)
 ちなみに女王は美弥子だ。男達がその女王のためならえんやこら…な、家来に見えた。
 今、この場に集まっている面子…男達は代議員ではなかった。
 ついでに、委員長などの役員でもない。
 この場にいる学生会の『役員』は、会長である美弥子と副会長である梶原と百瀬だけだった。その他の面子は、眞清と克己を含めてなんの役職でもない。…もしかしたら、部長や副部長という肩書きのある生徒もいるかもしれないが。
 今、この場に集まっているのは有志の美弥子曰く『お助け隊』だ。
『有志』と言うと眞清達が自分達から『やります!』と立候補したような雰囲気になるが、眞清に関してはそうではない。
 隣の支部室を使うための、条件の一つだ。
『学生会の手伝いをする』
 その『手伝い』の中に美弥子の考えた『お助け隊』も乗ずるらしい。
 とはいっても、『お助け隊』として今までまともに活動したのは数える程度だった。
 印象に残っているといえばバレンタインの日になるだろうか。
 女の子がチョコを渡すのに、それとなく邪魔が入らないように見張りをする、という…なんとも妙な『手伝い任務』だった。
 大体二人一組になって、眞清は克己と組んで体育館裏の見張りのようなことをしたのだった。
 結局、本当に『見張り』をしていただけで、チョコを渡したいらしい女の子も受け取る側らしい男の姿を見ることもなかったのだが。
「…あ。眞清」
 克己の呼びかけに眞清は克己に視線を向けた。
 克己の視線は壁に掛かっている時計に向けられていて、眞清もまた時計を見る。
 そろそろ、いつも帰る電車の時間が近い。
 慌てるほどではないが、今出ていけば丁度良さそうな頃合いだ。
「帰りますか」
「おう」
 眞清の問いかけに克己は応じた。
 美弥子に呼ばれた時、克己も眞清も荷物は隣に置いたままだった。
 二人で支部室に荷物を取りに行く。
 荷物を持って、再び学生会室…通称本部室…に戻った。
『戻った』とは言っても通り過ぎるだけなのだが。
「それじゃあお先、美弥子さん」
「鞠子さんと梶原さんも」と克己が副会長に声をかけるとそれぞれが「じゃあ」と応じた。
 眞清は会釈だけして、克己に続く。

 
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