TOP
 

④『夢』の『核』−ⅰ

 目の前に広がるのは砂漠だった。

「…ビックリした…」
 レイランはそう言いながら膝をついて、座り込んだ。
 わたしは辺りを見渡す。また、戻ってきたみたいだ。
 夢に。…悪夢の風景に。

「割れたわね」
 レイランの言葉が何を示しているのかがわからず、わたしは「え?」と訊きかえす。
「最後のほうで、何かが割れるような音がしたでしょ?」
 言われてみればそうだった。
「アレで核が割れた」
「核が割れた…って…」
 レイランが『核』発見、と指差した存在を思いだす。
 レイランの指差した先には竹丘くんがいた。
「え? 人間が割れちゃったってこと?!」
 思わずそう声をあげると「んなわけないでしょ」とばっさり返された…。
「夢の主が反応したの。でも、『核』が割れたくらいだから…よほど重要なコトバだったってことかもね」
「重要な言葉?」
 レイランはいちいち繰り返して問い返すわたしにうんざり、というような表情をする。
 …しょうがないじゃない、わからないんだから。
「…そりゃまあ、そうか」
 レイランの答えを頭で繰り返して、思わず口を押さえる。
「…口にしてた?」
 わたしの問いかけに「ココは『夢』でワタシのテリトリーよ」とレイランは答えた。
「???」
「いいよ、考えなくて」
 レイランは言うのも面倒くさい、とひらひらと手を振った。
「名前を呼ばれたら、思わず振り返るでしょ?」
「え? …あぁ、そうだね」
 レイランの言葉に応じながらなんでそんな話に? とも思った。
「そんなトコロ」
 何が「そんなトコロ」なんだろう?
 こっちの考えてることなんか気にしてないのであろうレイランはわたしを見た。
「また、アレを逃がしたコトは確か」
「…わたしのせい?」
「そうとは言ってないけど」
 …目が、そう言ってるような気がするけど。
「でも、『核』の手がかりは得た」
「手がかり…?」
 まぁ、とレイランは腕を組む。
「『核』の手がかりを得たトコロでアレがでてくるワケじゃないけど」
 …結局、わたしのフォローしてくれてるんですか?
 そのつもりはないんですか?
 ――よくわからない。
「そ、そうなんだ」
 とりあえず、わたしはそう言った。

+++

「………」
 今日は土曜日。
 目覚まし時計に強制的に起こされることなく、わたしは目を覚ました。
 ここ最近の習慣のように、わたしは夢を思いだしていた。
 砂漠。草原。――影。
 それから…竹丘くん。
(だけど…)
 わたしは夢の内容を考えながら、ゆっくりと瞬きをした。
 レイランの言う『核』は、竹丘くんに見えた。そう思った。
 …だけど、ガラスが割れるような音がして、あの場所から脱出する直前。
 わたしが見たその人は。
(あの顔は…)
 竹丘くんじゃなかった、と思う。
(…誰、だろう…)
 見たことがある気がした。でも、すぐに『誰』かがわからない。
「うぅ〜ん…」
『核』の手がかりを得たところでアレがでてくるわけじゃない、とレイランは言っていたけれど。
 一度竹丘くんに見えた『核』が…脱出する直前に見た人が、誰か気になった。

+++

「遊びに行ってきまーす」
 今日から6月。
 1日は映画の日とかなんとかで、料金がいつもより安い。
 …と、いうわけで友達と映画を見に行く。
 夢も楽しいけど、やっぱり現実を楽しまないと。

「おはよ」
「おはよう」
 待ち合わせの時間…の、電車。
 先頭車両の、一番前の入り口に美奈ちゃんがいた。
 次…の次の次で、もう一人、その次でもう一人乗る。
「今朝、危うく乗り損ねるところだったんだ」
 アハ、と笑う美奈ちゃん。
「間に合ってよかったね…」
 思わず、しみじみ言ってしまった。
 一応『市』なんだけど、ここらへんは交通の便がよくない。
 電車は一度乗り過ごすと、短くても20分程度は待つことになる。
「うん、よかった」
 美奈ちゃんが頷く。
「座りなよ」と勧められて、わたしは腰を下ろした。

+++

 目的の駅に着いた。
 ぞろぞろと沢山降りる。
 …と…。
「…あれ、竹丘くんじゃない?」
 見覚えのある人がいた。
「え? タケちゃん?」
 わたしの呟きに、電車の中で合流したクラスメイトで特に仲がいいほうのななちゃん…加納七恵ちゃんが首を伸ばす。
「あ、本当だ」
 美奈ちゃんが頷き、もう一人、やっぱり電車の中で合流したクラスメイトで仲のいい和穂ちゃん…中島和穂ちゃんが「女の子と一緒じゃない?」と続けた。
「お、彼女? かなぁ?」
 そんな美奈ちゃんの言葉に。
「ウチの学校の人じゃないのかな? ひとまずあたしは知らない人みたい」
 和穂ちゃんが首を傾げながら答える。
 わたしは竹丘くんの隣で楽しそうに話している女の子の顔を見つめた。
「…うーん、わたしも知らない人だなぁ」
「あ、案外妹さんとか?」
「…妹と手をつなぐかねぇ?」
 ななちゃんの言葉に背の高い和穂ちゃんが呟く。
「…なに、もしかして竹丘くんのこと好きだったりとか?」
 ちょっとシミジミと言った美奈ちゃんに対して、ななちゃんは「違う!!」と思いっきり否定した。
(…そうやって否定すると逆にあやしいよ、ななちゃん…)
 わたしはそんなことを思ったけど、口にはしない。
「あ、見えた」
 ななちゃんは呟いて、何度か瞬きした。
「…あ」
 声をもらして止まるななちゃんに和穂ちゃんが「何? 知ってる人だった?」と問いかける。
「うん…同じ中学の人」
「おぉ」
 美奈ちゃんはなぜかそう、感嘆の声をもらした。
 そして誰ともなく、歩き出す。
 喋りながらホームの階段を上ると改札口を出て、そのまま映画館に向かって歩き出した。

「…単なる偶然だけど、わたし達ストーカーみたいだね…」
 わたしは思わずそうこぼした。
 いつまで経っても前を歩いている竹丘くんと(多分)彼女。
「映画でも見るんじゃない? 今日、安いし」
「なのかなぁ…」
 目的地が同じならしょうがないといえばしょうがないのだけど、ちょっと変な感じだ。
「…あ、やっぱ目的は映画みたいだよ」
 わたし達の目的地でもある映画館に二人は入っていった。
 …というか、結構ぞろぞろと混雑している。
「うーん。流石は土曜日」
「ついでに安いマジック?」
「…どんな魔術?」
「魔術っていうのもどうよ」
「手品とはちと違う」
「ちょっとか?」
 …なんだかんだ言いながらも、わたし達も映画館に入った。

+++

「面白かったね」
「まぁまぁかな」
「んー、途中がちょっとわからなかった…」
 それぞれ感想をもらしつつ、映画館を出る。
 朝一の時間から見て、映画は結構長くやってて…今は1時。もう、1時半に近い。
「ご飯、ご飯。お腹がすいた」
 美奈ちゃんの声に「同感」とわたしも頷いた。
「そういえば、さすがにもう、竹丘くんらしき姿は見えないね」
「いや、これでまだいて、ついでに同じ方向だったらそれこそストーカーだよ」
 和穂ちゃんの言葉にわたしは笑いながら言った。
「月曜日にからかおうかな」
 ボソリと…ついでにニヤリと?…こぼした美奈ちゃんに「賛成」とななちゃんが軽く手をあげる。
「…というか、千佳ちゃん別の人と付き合ってると思ってた」
「? ちかちゃん?」
 知らない名前だ。
「あ、さっきの竹丘くんの彼女らしき人? そういえばななちゃんと同じ中学とか言ってたね」
 納得した和穂ちゃんの言葉で「ちかちゃん」が誰かわかる。
 ななちゃんは「そう」と頷いてから続ける。
「隣の…2組の布川くんって人が同じクラスだったんだけどさ」
「布川くん?」
 思わず名前を繰り返したわたしに「知ってる?」とななちゃんが言う。
「千佳ちゃんと布川くん、すごく仲がよかったんだよ。だから、てっきり付き合ってるのかと思ってた」
 わたしは「そうなんだ」と呟いて、布川くんのことを考えた。
 マジメそうな――失礼な言い方するとあんまり女友達がいなさそうな布川くん。
 すごく仲がいい女友達、というのがちょっと意外。
「…素朴な疑問はどうやって知り合ったかだねぇ」
「布川くん経由じゃないの? よくわからないけど」
 美奈ちゃんの呟きに和穂ちゃんはそう答えた。
 二人の会話を聞きながら「布川くんも女の子を紹介したり、されたりするのかなぁ」なんて考えていた。
 律儀な――青い、セルフレームのメガネをした男の子。
(…ん?)
 わたしは彼の顔を思い描く。
「なんか、自分の知り合いと知り合いが知り合いって面白いね」
「…いや、あたしはその『知り合い』の多さが面白い」
「――あ」
 布川くんの、顔を思い描いて、あたしは声を出してしまっていた。
「…どしたの? トードー」
 いきなり声を出してしまったせいか、少し不思議そうに言った美奈ちゃんに「なんでもない」と首を横に振りながら、思う。
 ――あの、夢の男の子。
 最初は竹丘くんに見えた…でも、あの場所が割れたときには違う顔だった男の子。
(もしかして、メガネしてない布川くん?)
 メガネのあるなしで顔の印象は大分変わる。…そう思ったら、そんな気がしてきた。
(あれ、布川くんの夢?)
 って…。
(仮に、そうだとして…)
 なんで最初に見たとき、竹丘くんに見えたんだろう?

「うぅ〜ん…」
 わたしはまたもや声にだしてしまっていた。
「え、ココじゃダメ?」
「え?」
 それで…みんなの話を聞いてなかった。
 美奈ちゃんの指さした先にはお店――ファスト・フードのデリシャス・キッチンがあった。
 お昼ごはんはここでいいか? という話をしていたらしい。
「あ、いいよ。わたしは」
「じゃ、ここで」
 歩いているうちに1時半も過ぎた。
 けれど土曜日のせいか、店内は思っていたよりも混んでいた。

 
TOP