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④『夢』の『核』−ⅱ

「夢の中って、現実と違う姿ってコトもあるの?」
「…いきなり質問?」
 別にいいけど、とレイランは髪をさらりとかきあげた。いつ見ても長い髪だ。
「だって、夢だし」
 ありえるよ、とレイランはわたしをまじまじと見た。
 思わず「な、なに…?」と聞き返す。
「そう、夢の中なんだから姿形は自由自在!!」
 レイランは力強くそう言うと、一度言葉を区切った。
「怒涛のナイスバディでも! 傾国の美少女でも! 麗しの美青年でも!!」
 続けざまに言うレイランの迫力に、わたしは思わず後退りしてしまう。
「…なのに、どうしてマヒルはそのままかなぁと思ってさ」
 なろうと思えば自分じゃない他人になれるのに、とレイランは腕を組んだ。
「そのまま? ――あぁ、そのままだね」
 わたしは自分の格好をみて、言った。相変わらず、制服だ。
 鏡を見てないから顔立ちがどうなってるかわからないけど…認識としては、変わってない…気がしている。
 なんとなく顔を包むように手を当ててみるとレイランが「夢の中なのに」と呟くのを聞いた。
 レイランは随分『夢』と強調する気がした。まぁ、実際夢なんだけど。
「…ところで、ソレがどうかした?」
 レイランの言葉にわたしは「えぇと」と口を開く。
「此処が誰の夢か、わかった気がしたの」
「…だから?」
 いや、だからと言われても…。
「それだけ、なんだけど…」
 ふぅん、とレイランは興味なさげな声を出した。
「――誰の夢であろうと関係ないわ」
 レイランはつい、と腕をあげる。
 ――指し示す方向に…。
「アレを、狩るだけ」
 影がいた。

 軽? 駆る? …狩る?
「――狩る?!」
 何度か頭で繰り返して、とうとう口に出してしまった。
「そうよ」
 レイランはあっけらかんと答える。
「…というか、まだ夢変えてないよね?!」
 なんで出てきてるの?!
 わたしは後退りしていた。
 前に、レイランはあの影がでてくるのは夢のハザマ…夢がかわる瞬間だと言っていたのに。
 なぜ、夢を変えてもいないのにアレがでてくるというのか。
「マヒル」という呼びかけと共にぽん、と肩に手を置かれる。
「珍しくむこうからでてきてくれたんだもの…お相手してよ」
「わたしかい!!」
「当然」
 …即答だった…。
(だからってどうしろと…?)
「――ワタシには、手が出せない」
 ――それは、小さな声だった。
「…え?」
 聞こえたけど、思わず聞き返す。
 ――いつも強気なレイランが、ひどく弱々しく呟いたように思えて。
「なんでもない。さ、マヒル、れっつごー!!」
「レッツゴーって…!!」
 背中を押しつつ、レイラン。
「だ、だからどうするの?! あの影を!!」
「とりあえず中に入ってから、ね」
「えぇぇっ」
 ――そして、わたしは影の中に進入した――というか押し出された――のだった…。

+++

 声が聞こえた。
 …『どうして?』と。
 ――頭に響いた。
 …『当然だ』と。
 思いが広がった。
 ――『寂しい』…と。

+++

「…真っ暗…」
 昨日と同じような状況。
 わたしは座り込んだまま、呟く。また、影の中に入ったみたいだ。
「…レイラン…」
 昨日はすぐに現れた存在の、名前を呼ぶ。
「――レイラン?」
 心細い。この闇の中では。――広がり続ける…響き続けている、この声の中では。
「レイラン!!」
 わたしは大きな声で呼んだ。
「はぁい☆」
 …わたしとは反対に、呑気な声で答えが返る。
「そんなに何回も呼ばなくても聞こえてるって」
「…いるならいるで返事してよ…」
 ほぼ同時に、呟く。
 レイランに「…ま、いいわ」と、話題転換され。
「今日は仕留めるよ」
「仕留める?!」
 わたしは思わず繰り返した。
 影に突入した後にやることって…もしかして…。
「アレを、仕留めるの…?」
 想像でこう、ぐさっと槍かなんかで刺すようなイメージをする。その想像に「無理!」とか思った。
「何度繰り返せば気がすむの?」
 あたしの戸惑いなんか無視するような、ざっくりした一言。
「アレを狩る。それが『悪夢狩り』よ」
 これを手伝ってもらうのが最初から目的、とレイランは腕を組んだ。
 わたしは息を吐き出す。
「…方法は…?」
 わたし、武闘派じゃないんだけど。戦いとか、狩りとか、全然想像できないんだけど。
 ぐるぐる考えるわたしの問いかけに、レイランはニッと笑った。
「簡単、だよ」
 ――その笑顔が『何か企んでいる』とか『裏がある』とかいう風に見えてしまうのは気のせいだろうか…?
「影を無くすには、光」
 ねぇ、と。レイランは笑みを深くする。
「マヒル、これは夢なんだよ? マヒルは、なんでもできる」
 その言葉にわたしは瞬きをした。
「『核』から『アレ』を剥がす…そのための、『光』」
 簡単だよ、とレイランは繰り返す。
「夢を変えるのと同じ。必要なのは、マヒルのイメージ。――強く、思い描けばいい」
 手を重ねる。
 レイランの小さい手と、わたしの手。
 赤い模様――契約の証を、重ねる。

「あの影を消す光。強い、光」
 レイランのほうをチラッと見ると、笑った。
 ――それは鮮やかな笑顔。
「その名前だもん。とびっきりの『光』が思い描けるよ」

 手の甲に、熱が宿る。
 それはレイランの手の温もり…だけではなく、手の甲自体に熱が宿ったようだった。
 熱の宿る手に、視線を落とす。
 ジッと何かが掠るような音がして思わず顔を上げた。
「ギャーッ!!!」
 目に映った思わず叫んでしまう。
 辺りが暗い中…それでもより深い『闇』。――影。
「黒いの来る! 影が来る!!」
「怯むな!」
 お腹に響くような強い声が届いた。それは、レイランの。その声にもビクッとしてしまう。
「だ…って! うわっ!!」
 アメーバみたいなイメージの黒い塊がさっと霧になるみたいに細かくなった。
 飲み込まれる、と思った。霧状になった影が、貼りつく。感触はない…けれど、何か侵食されるような感覚があった。
 心が。思考が。体が。
 目が、よく見えない。影に覆われたせいで視界が奪われた状態なのかもしれない。
 ――もしかしたら侵食されて、この体が影の一体化してキテイルノカモ…。
「マヒル!」
 雑音のように、その声も遠く…よく聞こえない、と感じた。けれど。
「これは『夢』よ! マヒルの思うようになる場所よ!」
 ジジジ…ジジジ…雑音の合間に、どうにか、声や単語を感じ取れた。
 コレハ夢。思ウヨウニナル。
「マヒルの力は妄想力! あんたはいつだって『夢』の中で思うようにしてきたでしょ?!」
 レイランの苛立つ声音。
 ――あんた呼ばわりかい。
 ――ソッチのほうが年下でしょ?
 ぼんやり、思う。
「そういうこと考えられるんだったら、現状ひっくり返すくらい楽勝だわボケェッ!!」
 ――うわ、口汚いな。
(…って…)
 わたしは『わたし』の思考が在ることを自覚した。侵食された…と感じていたはずだけど、自分の存在を認識できた。
「ワタシは夢を渡るだけ! 夢を変えるのは――変えられるのは、マヒルよ!」
 ――そうなの?
「いいからさっさとしろ、すっとこどっこい!!」
 レイランってキツイ子だと思っていたけど、正直ここまでキツイ…というか口が悪いとは思ってなかったんだけど。
「『マヒル』のあんたは『光』に相応しい」
 マヒル。…真昼。
 改めて、自分の名前を思った。『光』を、思った。
「――あんたの思う『光』をぶっ放せ!」
『光』という言葉が、残った。
 影をすすぐ光。――わたしは武闘派ではなくて…ぶっ放す、っていう行動もなかなか想像しにくくはあったのだけれど。

 思い描いたのは、眩い光。
 影を貫く光。目も眩む――真昼の太陽。

「――ココに光を――ッ」

 レイランの声と同時に、わたしのイメージした『光』がはじけた。
 そして…。
「――う…わ…っ」
 ――イメージだけじゃなく、の中でも光がはじけた。

+++

「…上出来!」
 暗闇から、いきなり光の中に放り込まれたようなカンジ。いくらかクラクラする…気がする。目がシパシパするというか。

「これでひとまずアレは仕留めた」
「…あ…仕留めた…の?」
 何がなんだかわからないままだった。
「――まぁ、正確に言えばココからいなくなった、って感じだけど…」
「…そうなんだ…」と言って「って!」とよく見えないままレイランの声のほうに顔を向けた。
「レイラン! ちょっと言葉使いヒドイと思うよ!」
「聞こえな〜い。ワタシ、なんか言った?」
 レイランのその切り返しに思わず「そのスルーの仕方は何?!」と半分叫んでしまう。
 なんか泣きたいような気もして目元を両手で覆った。そうやって目元をしばらく覆っていたのがよかったのか、目が明るさに慣れたみたいで、わたしはようやく辺りを見渡すことができるようになる。
「――あ」
 今更気付いた。此処には、わたし達以外にも人がいた。
「『核』ね」
 わたしの視線の先を見たのか、レイランは呟く。

 そこに、一人の男の子が立っていた。
 こちらに背を向けていて、顔は見えない。…だけど…。
「…布川くん?」
 わたしの呼びかけに、その人はゆっくりと振り返った。

 
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