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⑤『夢』の終わり

 しばらく見つめあった。

 メガネがないと、やっぱり印象が違う。あまり見慣れないけど、布川くんだ。…なんか、思ったより垂れ目かもしれない…。
「……――」
 わたしは隣に並んで、もう一度「布川くん?」と呼びかける。
 しばらく答えはなかったけど、布川くんは「東堂さん?」と小さく声をもらした。
 声が、布川くんだ。
「どうして…?」
 瞳にも口調にも「なんで東堂わたしがここにいるんだ?」という雰囲気が感じられる。
 それに答えることはできないわたしは、逆に問いかけた。
「どうしたの?」
 言葉なく、布川くんの口が微かに動いた。
 瞳を閉じて、それから、視線を前に向ける。

 光の空間――白い、というかクリーム色というか…ともかく、どこだともいえない場所――が、ゆっくりと変わっていった。
(…あれ?)
 なぜか、砂漠に。
 布川くんがゆっくりしゃがんで、腰をおろした。わたしも真似して座り込む。
「…竹丘に彼女ができたんだ」
 え、と思った。どうしてそんな話を、と。
「…ソイツ、俺の知り合いで…」
 右肩に、何かが触れた。
 振り返ると、レイランがわたしと布川くんの間に立って、わたしの…そして布川くんの肩に触れている。
 布川くんはレイランに触れていることに構わず…というか、気付いていないように見える。
 布川くんが何かを言っているのに、わたしには聞こえなくなった。
 ――耳からじゃなくて、頭に直接響く、声。

+++

 ひどく、心がかわく。
 千佳は俺の気持ちなんか知らなくて。
 …伝えてないんだから、知らなくて当然で。
 ――竹丘も、俺の気持ちを知らなくて。

 …当然のことだ。
 なのにどうして…こんなにも、心がかわく?
 ――こんなにも…裏切られた気持ちになる?

+++

 頭に響く…これは、布川くんの思いなんだろうか。

 どうしてと。
 …当然だと。
 ――寂しい、と。

 ――この思いが…夢を砂漠にしてしまったのだろうか。
 空を、暗くしてしまったのだろうか。
(…なりたい人になれる…)
 ふと、レイランの言葉を思いだした。
 最初に見たとき、布川くんが竹丘くんに見えた。
(――あぁ…)
 布川くんは、竹丘くんになりたかったのか。
 ――千佳さんの『特別』になりたかったのか…。
「――…」
 何か言ったほうがいいのかな。
 でも、何を言えばいいんだろう。

 思いが響く。
 友達としてでも傍にいたいという思いが。
 友達として嫌いになれないという思いが。
 ――二人とも、大切だという思いが。

 だけど、自分が特別になりたかった…と。
 どうして、竹丘くんだったのか…と。
 ――色んな思いが巡っている。

「――…」
 布川くんは俯いた。泣いてしまいそうな…苦笑が、見えなくなる。
 わたしは何も言えない。適当なことを言ってはいけないと思う。

 わたしはレイランを見た。目が合うとレイランが「どうしたい?」と声のないままに言った。
 その問いにわたしは空を見上げる。もう一度レイランを見るとふと、レイランが笑った。――それは、鮮やかな笑顔。
『その名前だもん。とびっきりの『光』が思い描けるよ』
 そう言った時と、同じ。
 わたしはレイランのほうに手を伸ばした。レイランは当然のように、わたしの手に手を重ねる。
 目を閉じた。わたしは、イメージする。

 心がかわいてしまっている人に。
 …『寂しい』と思っている人に。

「…」
 風を感じて、目を開いた。
「――布川くん」
 そして、俯いた人の名を呼ぶ。布川くんがゆっくりと顔を上げた。
 次の瞬間、息を呑んだのがわかった。わたしは呟く。
「…風、気持ちいいね」
 青い空と白い雲。
 果ての見えない、草の海。

 布川くんが息を吐き出す。
「…ああ…」
 少しだけ笑みを浮かべた口元は、苦笑に見えなかった。

 ――なんの解決にもならないけど…少しでも。思いが、癒されますように。
 現実が苦しいのなら――せめて。夢が優しいものでありますように。

+++

 ピピピピピ ピピピピピ ピピピピ…
「………」
 ベッドから抜け出さないと、目覚まし時計は止められない。
 もぞもぞとどうにか起きだして、わたしはその音を止めた。
「………――」
 今日は、月曜日。
 ――夢を見なかった。
 覚えてないだけなのかもしれないけど…。
 ヘンテコな、つながりのない夢も。――レイランと、夢を変える夢も。
 久々に見なかった。気付いたら、朝だった。
「…ん〜っ!!」
 今日は月曜日。また、一週間が始まる。
 わたしは背伸びして、着替えを始めた。

+++

 八時二十五分。
 大体いつもと同じくらいの時間に学校に着いた。
(…あ)
「おはよう」
 声をかけてから…しまった、と思う。いつも会ったとしても、挨拶してないのに…。
「――おはよう」
 少し驚いたような顔をしてから布川くんはそう返してくれた。わたしはちょっと安心する。
(いけない、いけない…)
 夢の中で少し仲良くなったように思ったせいか、気軽に声をかけてしまった…。
 現実では『知り合い』程度なのに。
「…東堂さん」
「へ?」
 呼ばれて、振り返った。
 …布川くんが、わたしを呼んだ…?
「――いや、あー…なんでもない」
「あ…そう?」
 あは、とお互い何かを誤魔化すように笑った。…周りから見ればナゾの交信かもしれない…。

 教室に入ると、美奈ちゃんとななちゃんがいた。それぞれに挨拶して、自分の席に着く。
 顔を上げると美奈ちゃんとななちゃんが土曜日の決心したとおり、竹丘くんをからかうところだった。
 竹丘くんは一時期より早く学校に着くようになって、早めの登校はいまだ継続中だ。
「土曜日、彼女と映画見に行ったでしょ?」
 突然の美奈ちゃんの言葉に竹丘くんは声を失って、次の瞬間慌てた。
「どよっ…えい…えっ?!」
「動揺しすぎ」
 美奈ちゃんが少しだけ笑う。ななちゃんも一緒になって笑っていた。
「千佳ちゃんね、同じ中学だったんだ」
 ついでに同じクラス、と付け足したななちゃんに「そ、そうなんか」と動揺したまま竹丘くん。
 そんな竹丘くんの様子にわたしもこっそり笑ってしまう。
「あ…っつうと、布川とも同じクラスだったんか?」
「あ、うん。そうだね」
「ハイそこ、コッソリ話題逸らそうとしない」
 美奈ちゃんの鋭い一言に「――勘弁して…」と竹丘くんは目元を覆うのが見えた。
 かなり照れてるみたいだ。

 そんな竹丘くんの様子に「本当に好きなんだな」と、また笑ってしまい。
 布川くんのことを思ってちょっとしんみりしてしまった。
 誰かが誰かを好きで。思いが伝わらなかったり、伝える前に行き場を失ったり…。
(しょうがないこと、と言えばそれまでだろうけど…)
 ふと窓の外を見た。
 六月に入ったけど梅雨はまだ。
 外は晴れ。
(――うん)
 思いとか、願いとか。叶うなら、みんな叶えばいい。
 ――でも…叶わないことも確かにあるから。
(夢は、楽しいほうがいい)
 わたしはそんなことを思いながらゆっくりと目を閉じた。

+++

「ハァ〜イ
「………」
 わたしは、声を失った。
 紫の闇の色に、月のような琥珀色の瞳。

「――レイラン?!」
 大分間を置いて、わたしはようやく名前を呼ぶ。
「え、そんなに驚くトコロ?」
 ちょっぴり首を傾げるレイラン。
 やっぱりかわいいなぁ…って…そういうことじゃなくて!
「驚くところだよ! だって、最近見なかったから…」
 …そう。布川くんの夢以来、レイランの夢を見なかった。
 あれから二週間くらい経ったかな?
 前に比べると、なんとなく布川くんとちょっと話すことが増えたような気はしたけど…日常にはあまり変化らしい変化はなくて。当然というか、夢にも変化らしい変化はなくて。その日見たテレビの影響かなぁ、みたいな雰囲気とか読んだ本の内容風味だとか…なんで今その人? みたいな元同級生や、なんでか中学校っぽい所にいるとか…よくわからないヘンテコな夢とか。
 そんなある意味いつもの夢を見たり覚えていなかったりしていたから――もう、レイランの夢は見ないと思っていた。

「あまい」
「……へ?」
 レイランは腕を組んで、笑った。
 ――その笑顔が『ニヤリ』の強調版に見えるのは何故…?
「契約の証がある限り…」
 レイランの言葉に、わたしは慌てて自分の右手の甲を見た。
 華押みたいな…赤い、模様。
 蝶なのか、花なのか、文字なのか…と何か、とわかる模様ではない。
(そういえばコレ、無くなってたような気がするんだけど…)
 この模様があったのは、レイランと初めて会ったその日だけだった。…とりあえず、現実の記憶では。
(夢の中だとはっきり見える、とかなのかなぁ…)

「マヒルに拒否権ナシ」
「…へ?」
 手の甲に気をとられていたわたしは、レイランの言葉をなんとなくしか聞いてなかった。――どこかで聞くことを拒否していたのかもしれないけど。
 というわけで、と手首を掴まれる。
「れっつごー!!」
「…ドコへ?!」

 ――そしてまた『夢』を見る。

夢であいましょう<完>

2005年 5月23日(月)【初版完成】
2014年 5月21日(水)【訂正/改定完成】

 
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