「………」
朝だ。
カーテンの向こうが明るい。
「……」
ごろり、とベッドでひっくり返った。
眠い。…眠い。
(今…何時…だ…?)
微かな理性で、枕元に置いてあるケータイを開いた。
時間を確認する。
『08:05』
秒数が着々と進んで、6分になった。
「――って!!」
ガバッと起き上がる。
今日は木曜日。
まだ、休みじゃない。
…寝坊だ!
制服に着替えて、私は居間に半ば駆け込んだ。
「おはよぉ」と呑気な常盤。
「ゆきちゃん、パンあるよ」
「あ、ラッキー」
私は食パンにかじりついた。
焼かないで食べる方が私は好みだったりする。
「なんか飲む?」
「え? あ、オレンジジュース」
「はぁい」
常盤は返事をするとコップに冷蔵庫にあったオレンジジュースを注いで持ってきてくれた。
昨日の残り物のゆで卵も頬張って、8時18分。
――よし、まだ間に合うな。
使った食器を少々乱暴に流し台に放り込んで、軽く水をかける。
洗面所に行ってババッと歯磨き、ついでに今更ながら顔を洗う。
顔を拭くと髪を梳かして、「いってきます!」と家を出た。
「いってらっしゃ〜い」
…ドア越しに、呑気な常盤の声が聞こえた。
常盤と一緒に暮らすようになって一ヶ月。
――まるで、もっと前から一緒にいたかのように、違和感なく過ごしている。
学校に遅れることなく無事到着。
少し慌てて歩いたせいか、横腹が痛い。
8時45分。
…前は大体この時間に到着だったんだよな、とかぼんやり思った。
自分の席に着くと、そのままうつぶせ状態になる。
横腹がイタイ…。
「…大丈夫?」
「――オハヨ…」
問いかけに大丈夫、と頷く。
春は「ならいいけど」と自分の席についた…って、もうそんな時間か?
春は大体チャイムが鳴る直前に来ることが多いのだ。
時計を見れば、あと1分以内にはチャイムが鳴りそうな時間。
横腹の痛みは大分マシになった。
チャイムが鳴って、担任が来る。
ざわざわした教室に平坂先生の「チャイムはもう鳴ったぞー」と、今日もやる気をなくならせるような呼びかけが響いた。
「大丈夫?」
「…? ナニが?」
春の問いかけに首を傾げる。
今日のお昼はクリームパンだ。
春はいつものように梅みたいな花柄の弁当箱を広げる。
いただきます、とどちらからともなく言って、パンにかじりついた。
「朝、なんかバテてた感じに見えたから」
あぁ、と頷いた。
「今朝寝坊しちゃってさ。家を出るのが家を出るのがいつもより遅かったんだよね」
「そうなんだ…間に合ってよかったね」
「うん」
春の言葉に頷く。
――と、ほぼ同時に。
「どーもー」
…明菜が来た。
「一緒に食べてもイイ?」
「ダメ、って言ったら?」
「えぇー」
「冗談。しかも返事聞く前に椅子持ってきてるじゃん」
優喜も春もそんなイジワルじゃないって知ってるからーと明菜は笑う。
ニコニコと。
なんか、上機嫌だ。
「なんかイイコトでもあった?」
ぽそっと春が訊いた。
問いかけに明菜は「よくぞ訊いてくれました!!」と、目を輝かせた…ように見えた。
「先週告ったんだけど…昨日、おっけーもらえた」
私と春はなんとなくお互いを見合わせてしまう。
多分大体同時に、明菜を見る。
「「オメデト」」
私と春の声がハモった。
「ってか、相手誰よ? 未だに知らないけど」
「そりゃー隠してたもん」
「くっついたならはいてしまえ」
春の言葉に便乗して「そうだそうだ!」なんて言ってみる。
明菜は「う」と声を詰まらせた。
なぜ…。
さぁさぁ、と二人で圧力をかける。
明菜は大きく息を吐き出した。
「さ、三組の」
どもってるよ、と思ったけど口は挟まなかった。
折角教えてくれようとしているのに、話の腰を折ってしまってはしょうがない。
「三組の?」
ちなみに私達は二組だ。私は明菜の言葉を繰り返す。
「…佐野、くん」
「ほう」
春はなぜか妙に納得している。
「知ってる人?」
私の問いかけに「中学同じ」と春は応じる。
そうなんだー、とか頷いていると明菜は突然「ふふふふ…」と笑い始めた。
ちょっとびっくりした…。
ってか、不気味だよ…。
「さぁさぁ、ちゃんと言ったんだからソッチもはくべし!!!」
「「えー」」
「二人してハモらせないでよ!!」
私と春は見事に声が重なっていた。明菜は机を軽く叩く。
「だって…私は本当にいないし」
好きになった人、中学の時の先輩だし、今は全然キモチ残ってないし、と言えば明菜は「そうなのー…?」と見上げるように私を見た。
そんな目で見られてもネタがないものはない。
しばらく明菜に見つめられていたけど、わたしにはもうネタがない、とわかってくれた(のか、一旦諦めたのか…)明菜は春へと視線をむけた。
春は相変わらずのんびりとご飯を食べる。
明菜の視線に気付いたらしい春は首を横に振った、
「ないない」
「ホントに?」
「本当に」
春は今度は首を縦に一度振った。
「前に言ったことがあるかもしれないけど、そーゆーこと考えてる暇がないんだよね」
別にバカらしいと思っているとかそういうわけじゃなくて、と言ってまた一口、ご飯を頬張った。
飲み込んで、続ける。
「言ってなかったっけ? ウチ、父親が動けないんだ」
一瞬、春が何を言い出したのかわからなかった。
「一時期意識不明で…植物人間? だっけ?」
しばらく目を覚まさないヤツ、と春は考えるように天井を見上げる。
「今は前に比べると反応あるんだけどね、やっぱお金がかかるわけで」
だから一応バイトバイトな日々なのさ、と淡々と続ける。
「………」
「――…」
春の淡々とした口調とは裏腹に、私と明菜は声を失う。
そんな私達に気付いたのか…
「あ、ゴメン暗くした?」
春は、そんなことを言った。
まるでなんでもないことのように。
「父さんがよくなったらそーゆーネタが提供できるようになる…かも? ひとまず今はないや」
大事な友達ならいるけどねーとか言ってまた一口。
「そ、そっか…」
明菜はようやくそう言う。
私は――言葉が浮かばない。
それが普通なのだから、と言うように淡々としている春。
大変だね、なんて言っていいのか――それもわからない。
「全然ハナシ変わるんだけど、春のお弁当ってお母さん作?」
…本当にハナシが変わるね…。
――でも、話題を変えるっていうのは今この場の雰囲気を変える有効な手段だと思えた。
明菜の言葉に春は瞬いて、弁当箱を見下ろした。
もう、残っているのはご飯と半分の玉子焼きくらいだ。
「ううん、ばあさん」
自分で作ればいいけど根性なくて、と春はご飯をまた口に入れた。
「そういう根性、私もない…」
頷いた私に春は「そうなんだよねー」と頷く。
「そういう明菜は?」
「…お母さん。ついでだからって作ってくれてる」
お父さんと妹の分とついでに、と。
「いいなぁ、作ってくれて」
私が言えば、春は私のほうを見た。
「そういう優喜ちゃんは?」
「私? あぁ、ウチのお母さん朝早くて夜遅くまで働いてるらしくて…で、私は作る根性がない、と」
ふうん、と春は最後の一口、玉子焼きを食べた。
「ウチと同じか」
「………」
朝だ。
カーテンの向こうが明るい。
「……」
ごろり、とベッドでひっくり返った。
眠い。…なんか体が重い…。
(今…何時…だ…?)
微かな理性で、枕元に置いてあるケータイを開いた。
時間を確認する。
『08:00』
秒数が着々と進んで、1分になった。
「――えっ?!」
ガバッと起き上がる。
今日は金曜日で、まだ休みじゃない。
…寝坊だ!
(ナニやってんだろ私…っ!!)
ちょっと早いくらいで…ほぼ昨日と同じ時間。
目覚ましのアラームを意識せず止めて、そのまま今になったらしい。
「おはよ、ゆきちゃん」
今日も常盤は起きていた。
――起こしてくれればよかったのに、なんて一瞬思ってしまう。
今はひとまず、早く行かなくちゃ!!
「はい、ごはん」
「ありが…」
私は時間がないというのにポカンとしてしまった。
朝食だ。
白いご飯とお味噌汁、玉子焼きに、おひたし…。
「これ…」
「朝ご飯」
「見ればわかる」
あぁ、漫才(?)をやってる暇はない!
「食べて、食べて」
「……」
ちゃんと、ご飯だ。
玉子焼きはなかなかきれいに焼けている。
…というか…もしかすると私が作るよりうまいんじゃ…?
「ゆきちゃん?」
時間大丈夫? という常盤の問いかけにはっとする。
そうだった!
「いただきます」と言って、早速ご飯、次にお味噌汁に口をつける。
…もしかしなくてもお味噌汁も常盤が作ったんだろうか…。
具は大根と揚げ物っていうシンプルな内容。
結構薄味。でも美味しい。
そんなに多くないおかずは全部食べてしまった。
「…ごちそうさま」
「おいしかった?」
常盤が心配そうに私の顔を覗きこむ。
「いや、うん――おいしかった」
私の答えに常盤はほっとした表情になった。
…やっぱり常盤が作ったのか…って…。
「時間!!」
時計を見れば8時23分。
…昨日よりちょっとのんびりしてしまった!
歯磨きをして今更顔を洗い、顔を拭くと髪を梳かした。
「いってきます!」と玄関を閉める。
「いってらっしゃ〜い」
昨日と同じように、ドア越しに常盤の声が聞こえた。
(お腹イタイ…)
今日も早歩き。
――日頃の運動不足のせいか、横腹が今日もイタイ。
時間は8時50分。
ちゃんと間に合った。
「おはよー」
「…ハヨ」
明菜に短く答えて、また机にうつぶせた。
――お腹が痛い。
「どしたの?」
「今日もちょっと寝坊…」
朝ご飯をちょっとのんびり食べてしまった…。
昨日より遅い原因はそこだ。
そして、食後スグの運動はやっぱりよくない。
「大丈夫?」
挨拶の代わりか、そう言った春に「大丈夫」と答えた。
痛い横腹をさする。
チクチクというかキリキリというか…。
なかなか治まらない。