その部屋には、別段クーラーがあるわけではない。
文明の利器は…扇風機くらいか。
「…暑ぃ…」
漏れる呟きはその程度。
風を自分のみに当てても、空気自体が暑い。
「…ハル」
呼びかけにぐったりしていた遙は視線を向けた。
――幻聴かと思ったら…違った。
「――ヒメ…?」
まだ幻の疑惑が消えない。
疑問形の遙の問いかけに「来い」とヒメ――慧は、短く告げる。
将来が期待できそうな美少女、慧はこういう淡々とした喋り方をした。
「ナニ…?」
遙は立ち上がり、慧へと向かった。
「ついて来い」という呟きに扇風機の電源を切って、続く。
――長く続く廊下。
このヘンテコな家は、いくつかの条件で屋敷のような広さになる。
異空間へと、続く。
ひやりとした空気に、溶けかけていた遙は瞬いた。
「ここはちょっとは涼しい、ぞ」
「……」
長い長い廊下には、いくつの部屋。
慧が遙についてこさせたのは――
(涼ませてくれる、ため?)
慧が示した先…開けた障子の先に見えたのは、ススキの穂が揺れる秋空が広がる部屋。
ヘンテコな家は、ヘンテコな屋敷で、異空間な場所で。
季節も場所もない、らしい。
「…ありがと」
遙は慧へと笑顔を見せる。
あまり表情の変化のない慧だが…遙の言葉と笑顔に、ほんの少し、口の端を上げた。