「常盤」
呼ぶ声に振り返る。
十歳くらいに見える少年…常盤はほんの少し笑って、呼ぶ声の方へと足を進めた。
「どうしたの?」
女の子は、咲子。高校生だ。
…この公園でよく読書をしていて、常盤に声をかけられた。
それからちょくちょく話すようになり、咲子は常盤を見つけると声をかけるようになっていた。
「カンタ、待ってるの」
「カンタ?」
繰り返した咲子は「あぁ、猫」と一人頷く。
「猫と待ち合わせするの?」
くすくすと笑う咲子に「うん」と常盤は素直に頷く。
「…」
からかったつもりだったのだが、あまりに素直に頷かれて咲子は逆に戸惑った。
「…今日も、待ってるの?」
「うん」
咲子は、常盤が誰かを待っていてこの公園にいるのだと、聞いていた。
いつもいつも…常盤は、この公園にいる。
「そう。…気をつけてね」
「うん、ありがとう」
咲子に手を振る常盤。
公園から見送られる、咲子。
なんとなく家に居づらくて…かといって学校で過ごす程友人がいるわけでもない咲子は公園で読書をして時間を潰していた。
常盤と一緒に過ごす時間は決して多くも長くもないのだが…咲子は案外、その時間が嫌いではなかった。
ふと、咲子は振り返る。
夕日が作る長い影の、向こう。
振り返った咲子に常盤は、いつの間に来たらしい猫を抱いたまま手を振った。
金色にも見える毛並み。猫の毛は夕日にあたってキラキラしているようにも見える。
咲子もまた、軽く手を振った。
嬉しそうに笑った常盤が見えて…咲子の胸はなぜか、ほんわか暖かくなった。